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@虎ノ門協同法律事務所
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悲しいこと
  悲しいことがあってちょっと落ち込んでいます。グチですが、聴いて下さい。

 連休最終日に不用意に引き込んだ風邪がなかなか治らず(これまでは3日以内には快癒していたのですが、アラカンだからでしょうか、10日も体調不調が続きました)、先日の日曜日(17日)は基本的におとなしくしていて、ようやく元気になった昨日(18日)でした。

 18日(月)午前中は取り扱いが微妙な事件で、代理人間で進行協議。裏技というか、体操で言えばE難度のような技での解決を模索し、ホッとしたのもつかの間。

 正午からは行政事件(労働)の尋問打合せ、14時〜16時で尋問を行いました。これ自体は無事に終了。

 別件で、身寄りのない方(法定相続人だけでなく法律上の親族もいない方)の成年後見人をしていました。

 グループホームに入所されていた方なのですが、ホームのスタッフが熱心に頑張ってくれて、2月までは外出も可能な状態で、公園への散歩、カラオケや食事を楽しんでいたのですが、3月から急に体調を崩し、4月に入院。

 1週間前には、病院の担当ナースから「何時何が起こってもいいように覚悟しておいてください」と言われました。
 
 緊急時の連絡先は私なので、寝るときもベッドサイドに携帯電話を置いておきました。

 担当ナースからは、5月16日(土)には、「頑張っても数日です」と連絡がありました。

 17日(日)は、私自身で対応するつもりでしたが、18日(月)は上記のような予定で、16時に霞ヶ関を出ても17時半に病院に到着するのが精一杯。

 入所しているグループホームの施設長と連絡をとりあって、
(1) 17日(日)の急変には私が対応するが、
(2) 18日(月)の急変だと、私は裁判所で証拠調べがあり、これはパス出来ないので、私が病院に到着するまでは施設長に対応を御願いしたい、
という事案です。

 生前に打合せをするのは気持が良いものではありませんが、急変後の対応も施設長と協議しておき、何時何が起こってもドタバタしないように準備はしておきました。

 18日(月)の正午前に、病院からは「今日がヤマ」という連絡。本当にタイミングが悪いのです。

 私自身は、身動きがとれないので、施設長に御願いをしました。幸い、亡くなる前の1時間ほど前から、施設長と担当職員に看取ってもらうことができました。
 
 尋問中は携帯電話には出られません。尋問終了後、携帯電話の電源を入れると「すでに亡くなった」というE-mailが・・・・。

 亡くなった時刻は、証人⇒原告という順序の尋問でしたが、私の証人への主尋問がちょうど終了した頃でした。

 尋問終了後すぐに病院に。霞ヶ関から電車⇒タクシーでも1時間半はかかる場所なのですよねーーー(>o<)。

 私が病院に到着した時には、すでに、入所施設の施設長のみならず、施設のスタッフが7人も駆け付けてくれていて驚きました。

 こんなに大勢のスタッフが施設を留守にすると施設は大丈夫かと余計な心配をしてしまいました。

 みんな本当に故人を惜しんでくれている気持がうれしかったです。

 私が病院に到着したのは、葬儀社のスタッフが到着する30分前。滑り込みセーフ。←確認はしていませんが、施設長が私の到着時刻を予想して、葬儀社と調整してくれていたような気がします。

 成年後見人の権限は御本人の死亡と同時に終了しますが、そこから先何もしないわけにはいきません。

 ここからしばらくは法律上は、

・ 事務管理(民法第697条:急な雨が降った時に隣家の洗濯物を取り込むために隣家に入るようなイメージです)か、

・ 委任者の急迫事務処理(民法654条:「委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない」。)

として葬儀までは済ませて、相続財産管理人の選任の申立をすることになります。

 私の親族の葬儀の時も、振り返ると、私自身がやっていることはそんなに多くないのですが、終わるとドッと疲れがでました。

 昨日は緊張していたせいか、なかなか寝付けませんでした。就寝は午前2時頃でしょうか?

 今朝は8時前には一応起きたのですが、まだ、私の後見人の延長の仕事は終わっていないのですが、すでに疲労困憊という状況。

 事務所に行く気力はなく、ルームウエアーのままで、妻が買い置いてくれた「粥」を食べてから自宅で仕事をしています。

 裁判所への出頭や依頼者との面談の予定がないので、事務所に行かなくてもなんとかなるのですが、仕事がなくなるわけではありません。

 通常業務に加えて、斎場や、施設長、葬儀社からの連絡が携帯電話に頻繁に入ります。

 私も事務所との間で、頻繁に
・ 電話連絡
・ E-mail
・ ファクシミリ。

 葬儀予定日の一つは、事務所の他の弁護士との共同事件の和解期日と競合。相代理人に電話で、事情を説明して、「場合によっては、裁判所に事情を説明して、事実上延期してもらえ」という無理な注文。

 私の担当秘書や事務所のスタッフには迷惑をかけています・・・・。

 死亡届には届出人(私)の本籍地を記入しないといけないのですが、しばし、本籍地などを記載したことがなかったので、自分の本籍地についての記憶に自信がありません。

 最近は免許証にも本籍は記載がありません。手元の資料では正確な本籍が分からず、間違ったら困りますので、私の秘書に連絡して、事務所に保管してある戸籍謄本を確認してもらうという余計な仕事まで御願いしています。←結果としては記憶は間違っていませんでしたが、最近の記憶力には自信がもてません(>o<)。

 亡くなった御本人は、元々の私の自宅の近所の方で、私の妻と交流があり、また、私の仕事を知っていたという事情から、困った時に私の家を頼った事案です。

 正確には記憶していませんが、10年ほど前に、
「自宅の鍵がなくなった」、「財布がなくなって3日も食事をしていない」
などの訴えを私の自宅にしてきたのです。その後に判明した結果は、鍵も財布もバックの中のどこにしまったかを失念していただけでしたが・・・。

 その時には、私の自宅には私の娘(当時は高校生)しかいなかったので、娘が私の事務所に事情を電話連絡してきました。

 幸い、私は事務所に居たので、その場で、娘に、
(1) 私の自宅に御本人を招き入れる、
(2) その場で御本人に待機してもらい、私の自宅からしばらく移動しないように御本人を説得する、
(3) 娘の所持金の範囲で購入可能な食事を調達する、
(4) 娘の目の前で御本人が食事を摂取するのを確認する、
(5) 本人の了解をもらってバックの中を調べて自宅の鍵を見つける、
という指示をし、同時に、社会福祉協議会に連絡したのが最初でした。

 幸い自宅の鍵も財布もバックの中から見つかったので、娘に自宅まで送らせました。

 ちなみに、この娘は現在は介護職です。このエピソードが影響があったかは分かりませんが、(親からの贔屓目を引いても)仕事に誇りを持って取り組んでいます。

 社会福祉協議会も、近所の方々からの連絡で、それまでもフォローしていた事案だったので、迅速に対応してくれました。

 その後は、社会福祉協議会と相談を重ねて、当初は介護を厚くして、自宅での見守りを試みました。

 「財布がない」とか「自宅の鍵がない」などというトラブルはその後もあり、御本人が困って私の自宅に駆け込むことも何度かあり、私の妻が当面の生活費を工面したりしたこともありました。

 社会福祉協議会との打合せでは可能な限り自宅での生活を優先したのですが、
(1) 鍋の空だき、
(2) 12時間の行方不明⇒でかけたけど帰り道が分からなくなり、警察に保護された、
などのエピソードがあり、さすがに、自宅での生活では危険と判断しました。

 区長申立で後見開始し、グループホームに入所した事案です。以上のような経過で私が成年後見人をしていました。

 法定相続人はいませんので遺産は国庫に帰属です。

 多少の贅沢をしても、生活に困窮するような事情はありませんでしたので、私からグループホームへは、
(1) おいしいものを食べ歩くのが趣味だった方なので、できるだけ、外出しておいしいものを食べる機会をつくってほしい、
(2) 税務署のOGの方なので、税務署のOB・OGの方からの同窓会の案内があれば、体調が許す限り参加させてほしいと御願いをしました。

 本当に、このグループホームのスタッフは優秀で、快く実行していただきました。

 税務署のOB・OGの同窓会では、御本人の後輩の方々から、「先輩、先輩」と言われ、昔話をしてくれたということで、御本人はとてもうれしがっていたという話を聞いております。

 本当はこんなブログを書いている時間があるなら仕事をしなければいけないのです。

 しかし、悲しい気持で、仕事の意欲がわかず、グチったしだいです。

 人は永久に生きられるものではないとは理屈では分かっています。でも、なかなか心の整理がつきません。
posted by koichi | 15:10 | 日々雑感 | comments(0) | trackbacks(0) |
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