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@虎ノ門協同法律事務所
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都立墨田工業高校競泳のスタート授業中の事故後の東京都教育委員会とスポーツ庁の対応は正しいのか

 東京都教育委員会は、11月24日、都立墨田工業高校の事故を契機に、都立の全高校等での水泳の授業で飛び込みを原則禁止とすることを決めた(2016年11月25日東京新聞同日朝日新聞)。

 

 私は、この報道を見て、反応しなければと思ったが、その後1週間の間に担当している3本の講演の準備があり、11月末締め切りの原稿もかかえていたので、せめて原稿を脱稿してからと思っていた。

 

 ところが、昨日(2016年11月28日)は産経新聞の記事が・・・。「泳げない大人 学校がつくる」【にっぽん再構築第5部◆曚。

 

 これは急がないと!依頼原稿を脱稿しないまま、これを書き出した。←編集担当者の方、しばしご猶予を(m_m)。

 

 「泳げない大人 学校がつくる」【にっぽん再構築第5部◆曚、記事の冒頭、都立墨田工業高校で2016年7月に起こったプール飛び込み事故を紹介している。産経新聞の事案のまとめは、「約1メートルの高さのデッキブラシを越えて飛び込むように体育教師から指示された3年の男子生徒が水深1.1メートルのプールの底に頭を打って大けがを負った」。そして、記事は続いてコメントを掲載する。「『考えられない指導法だ』。日本スイミングクラブ協会専務理事の渋谷俊一氏は憤りをあらわにする。」

 

 <この事故時の指導方法は正しくない>この指摘には同意する。しかし、渋谷氏が、どのような意味で「考えられない指導法」と述べられたのかの前後の状況はわからない。この記事のコメントが一人歩きして誤解を招いてはいけない。これが締め切り間近の原稿執筆中断の契機になった。

 

 <競泳のスタートダッシュの練習の際に、前方空中に棒等の目標をかざして、それを越えるスタート練習方法>は、過去の水泳基本書で紹介されている。詳細は、日本水泳連盟編「公認水泳コーチ用水泳コーチ教本」(第3版)472頁(私の執筆部分)で紹介をしている。詳細はこちらに譲るが、要点だけ紹介すると、この練習方法は、
〇浅見俊雄外「現代体育・スポーツ大系第14巻」42頁(講談社。1984年)では、上級者がパイクスタートを練習する方法として、
〇末光智広「シリーズ絵で見るスポーツ・スイミング」60頁(ベースボールマガジン社。1991年)では、初心者がスタート地点に近い場所に急な角度で飛び込むことを是正する指導方法として、
それぞれ紹介されている。

 

 目的は異なるが、<競泳のスタートダッシュの練習の際に、前方空中に棒等の目標をかざして、それを越えるスタート練習方法>という点では共通であり、スタートダッシュの練習で、前方空中に「デッキブラシ」を用いて目標とし、それを越えるスタート練習を、そのやり方を問わずに全て非常識な練習方法とするのは正しくない。

 

 このようなスタート練習を行う場合には、近くに深く飛び込むという危険以外の別な危険が生じる点で注意が必要である。末光智広「シリーズ絵で見るスポーツ・スイミング」では、
(1) 第1段階の補助者をつかった練習の後の、第2段階の練習であること、
(2) この練習方法では、到達水深が深くなるため、スタート台は使用せずプールサイドからの練習と図示されていること、
(3) 棒の位置は、垂直方向ではスタート地点と大きな差異のない高さとし(都立墨田工業高校の事故ではスタート地点から1mの高さ)、水平方向ではスタート地点からそう遠くない前方(都立墨田工業高校の事故ではスタート地点から1m前方)と図示されていること、
(4) 泳者が棒に身体の一部が接触することを気にして、入水角度が大きくなることを回避するために「棒は単なる目標であって、泳者がスタートをした後はすぐに下ろす」こと(都立墨田工業高校の事故ではこのような配慮がなされたとの報道はない)、
(5) 入水角度が深くなり到達水深も深くなる可能性があるため、「水深が約2m以上あるプールで行う」こと(都立墨田工業高校の事故では事故地点の水深は1.1m)、
が明記されている。

 

 スタートダッシュの練習で、前方空中に「デッキブラシ」を目標としてかざして、それを越えるスタート練習方法自体が誤っているものではない。問題は、初心者に対してこのような練習方法を採用する場合には、どのような施設でどのような指導上の留意をすべきなのかという点が置き去りにされて、「見よう見まね」で行われているということである。

 

 私は、この事故時の指導担当教員が誰かは知らないし、会ったこともないだろう。だが、指導熱心な教員だろうと想像している。中途半端な知識で指導した点は評価できないが、生徒にどうしたらスタートダッシュを修得させることができるのか、試行錯誤した結果だったと思う。このような悩みを抱かなければ、試行錯誤することなく、スタートダッシュが修得できるか否かに関心を示さず、授業を行うという道を選ぶのは容易である。

 

 スポーツに伴う事故が発生し、その再発防止を考えるときに二つの意見の対立が生じる。

 

 一つは、「猪突猛進型」の意見である。「スポーツは危険を内在しており、スポーツに伴う事故を皆無にすることは不可能である」という理由から、「事故を回避できなくてもやむを得ない」と評価し、対策としては「恐れずチェレンジしよう」ということになり、事故を繰り返す。指導者に見られがちな意見である。

 

 もう一つは、「石橋叩いても渡らず型」の意見である。スポーツ事故が生じると、当該スポーツは「事故が生じるような危険なこと」という評価をし、「そんな危ないことは止めてしまえ」と、スポーツ活動自体を否定する意見である。施設管理者の側に見られがちな傾向である。公園で安全性に欠ける遊具を原因とした事故が発生した時に、個々の遊具の安全性を検討しないまま、公園の遊具を全廃するというような対応は、正にこの立場である。

 

 私は、安全性に欠ける施設を学校に設置して、この施設を使用してけがをすることなく安全なスポーツを行うことを子どもと教員に強制することは「無理」であり、この「無理」で事故を予防できるとすることは「無知」であるとかねてから警鐘を鳴らしてきた。

 

 イメージするために平均台で考えてみよう。サーカスの練習ならばともかく、学校において高さが2mある平均台を使ったら、転落事故が容易に予想されるため「非常識」であると評価することに異論はないであろう。学校体育の授業では、平均台は主に平衡感覚を養う目的で使用されるものであり、数十cmの高さが一般的である。体操競技で使用する平均台でも高さは1.2mである。

学校において高さが2mの平均台を用いて、そこから子どもが落ちてけがをしたら、落ちた子どもの不注意である、あるいは、指導した教員の指導方法が正しくない等という判断をするのは誤りである。

 

 学校教育で使用するのに適切な高さ数十cmの平均台を使用するのが事故を予防する解決方法である。

 

 高さが数十cmの平均台であっても、事故は皆無にはならない。その意味で「絶対的な安全性」は有していないが、生じる事故の頻度・重大性と平均台を使用した教育との均衡を考慮して、高さが数十cmの平均台を用いることは「許された危険」として容認される。

 

 そもそも、学校プールで競泳のスタートで事故が多発している原因は、文部省が昭和41年に示した「水泳プールの建設と管理の手びき」にある。これは、私の2015年6月17日の「プールでの事故予防と紛争を深刻化させないための対策」で紹介をしているので、ここでは重ねては述べない。

 

 昭和30年代までの日本の競泳用プールは、(1)プールスタート台直下ないしその付近を最深水深とし、(2)最浅水深でさえ1.5m程度あり、(3)プールの総数自体も少なかったため、プールにおける競泳のスタートにおいて水底に頭部を衝突させるという事故は稀であった。

 

 日本の教育行政は、昭和40年代(今から50年前)に、全国の学校にプールを普及させるという方針を採用して、「水泳プールの建設と管理の手びき」を作成した。当時の競泳プールの実態は上記のとおりであり、スタートで水底に衝突する事故は稀有であったため、「水泳プールの建設と管理の手びき」では、
第1に、水深を浅くするも、スタート事故を考えることなくスタート台を残し、かつ、水深が浅いにもかかわらず競泳のスタートをするに適したプールと扱い、
第2に、建築費を低額に抑えるため、スタート台直下の水深が最も浅く、プールの中央部分を最も深くする(スタートの飛び込み事故防止という点では最も適さない)構造を採用したのである。

 

 文部科学省及びスポーツ庁の先輩職員は、意図したわけではないとしても、上記の誤りから、プールでのスタート事故を量産する教育行政を推進してしまった。当時の職員たちが、現在の状況を振り替えれば、誤りが正されることは歓迎しても、誤りを隠蔽することを望んでいるとは思えない。誤りを正す仕事は、現在の職員の責務である。

 

 文部科学省は、2008年、中学校学習指導要領を改訂し、中学校の体育の授業においては、水泳の授業では、「スタートについては、安全の確保が重要となることから、「水中からのスタート」を取り上げる」とした(中学校学習指導要領80頁)。

 

 中学校には、日本水泳連盟公認規則が定める水深(スタート台前方6mの水深が1.35m以上)であるプールは稀にしか設置されていない。文部科学省は、この現状を直視し、中学校においてはプールでの競泳のスタートとしてスタート台ないしプールサイドから飛び込むことによる水底への衝突事故を防止するには水深が十分でないことを正面から認め、事故を回避するための措置を講じた。しかし、その対応は「石橋叩いても渡らず型」の対応であり、「止めてしまおう」であった。

 

 この文部科学省の対応は、「石橋叩いても渡らず型」という点で誤っているが、それでも重大事故を回避するという機能は果たすはずであり、中学校においては2008年以降プールでの飛び込み事故がなくなるはずであった。しかし、現実には、2010年及び2011年には、2000年の6倍の飛び込み事故が発生するという皮肉な状況が生じており、文部科学省の指導要領の改訂の趣旨は現場に届いていないことが明らかとなった。

 

 一方、文部科学省は、高校においてはスタート指導は従前どおり行うとした。高校でも、水泳連盟公認規則を満たすプールは稀であることは中学と変わりないが、対応は「猪突猛進型」であり、「恐れずチャレンジしよう」であり、スタート事故が繰り返されるのは明らかであった。

 

 施設の改修は、予算の上での限界もある。この点については、森浩寿「諸外国におけるプール水深基準の検討」(季刊教育法135号72〜75頁)で紹介されている海外の対応が注目される。私の意見は、1年間に3か月程度しか使用できない屋外プールを、競泳におけるスタートを安全に行える構造で多くの学校に設置するのは非効率である。代わりに、通年で使用できる社会教育施設として、競泳のスタートも行える多目的な用途に対応できる安全な屋内プールを設置し、複数の学校でスタート練習に関してはこのプールを共同で使用し、かつ、学校体育のみならず生涯スポーツ施設としても利用できる状態をめざすのが、最も効率的で現実的な解決方法だと考え、提言してきた。

 

 本来あるべきスポーツ行政・体育行政としては、危険な施設を安全な施設に改修し、スタートを含めた水泳指導を可能とすることである。ところが、教育行政の選んだ道は、「石橋叩いても渡らず型」(中学校)あるいは「猪突猛進型」(高校)である。東京都教育委員会は、今回、高校でも「石橋叩いても渡らず型」の対応を選択したのである。

 

 危険な施設しかない現状では、緊急避難的な対応として「石橋叩いても渡らず型」の対応以外ないという点は理解している。しかし、あくまで、緊急避難の範囲で正当化されるに留まる。行政の責務は、緊急避難的対応で満足することなく、危険な施設を安全な施設に改修し、スタートを含めた水泳指導を可能とすることである。

 

 ところで、産経新聞の記事では、スポーツ庁のコメントも掲載されている。「もともと水泳授業は安全指導の域であり、必ず50メートルを泳げるようにしなければ、というものではない」(スポーツ庁政策課学校体育室)。このコメントも前後の分脈がわからないので、その本意は不明であるが、学校体育で競泳のスタートを不要とする趣旨ならば、これまで、浅いプールでのスタートの危険性が指摘されているにもかかわらず、学校におけるスタート指導を必要としていた従前の文部科学省の立場をどうして変更するのか、また、その理由を明らかにする説明責任はあるのではないか。

 

 水泳連盟にも期待したい。水泳競技の普及と競技力の向上にとって、「石橋叩いても渡らず型」の対応は有害であるが、同時に、「猪突猛進型」の対応も有害である。

 

 2016年11月17日の「スポートピア(日本経済新聞)」では、背泳メダリストの寺川綾が「五輪プール新設に安堵」のタイトルで次の一文を寄せている。
「選手としてはプールの水深が気になる。辰巳はプールの両端が最深2m,中央部は同3m.国際規格だが、最近の世界選手権、五輪はプール底に可動式のカメラが設置される。私は背泳ぎ専門なのでほとんど気にならないが、飛び込んでスタートする選手は怖いのではないだろうか。日本では普段、水深1.5mくらいのプールで練習することも珍しくないが、スタート台から飛び込んで顔をプール底に打って出血騒ぎになる選手も珍しくない。」

 

 世界のトップスイマーのような練習を重ねてきた者でさえ、事故の危険がある。トップスイマーがスタートダッシュの練習をするプールより水深が浅い学校プールで、それも水泳の技量でトップスイマーと比較するまでもない競泳の初心者が、スタートを練習することの危険性は明らかである。

 

 この危険性を正面から受け止めて、予算上の配慮もしながら、安全な施設に改修する道を選択することが求められているのではないだろうか。

 

 「石橋叩いても渡らず型」からも「猪突猛進型」からも脱却する科学の視点が求められている。

 

追加情報です。本文に加えるのを失念していました。

(1) 文部科学大臣も高等学校での水泳授業でスタートを行うかを再検討中と答弁しています。⇒東京新聞2016年11月22日

posted by koichi | 15:05 | スポーツ | comments(0) | trackbacks(0) |
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