沖縄県スポーツ協会が「暴力・暴言・ハラスメント」についてのアンケート結果を、2024年3月21日、発表しました。
この発表は、「『怒鳴る指導』を許容する親31%、全国平均上回る “スポハラ”保護者の3割が見聞き 沖縄県スポーツ協会が初の意識調査」(沖縄タイムス社)、「『怒鳴る指導』 保護者の3割が容認 沖縄県スポーツ協会が調査」(琉球新報)との見出しで報じています。
私の意見は長文となるので、ホームページに掲載しました。
スポーツ指導における「暴力・暴言・ハラスメント」は、なかなか打ち破ることができない課題です。
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デイリースポーツ 毎日新聞 スポーツ報知 日刊スポーツ サンスポ NHK IBC岩手放送
メディアは、「岩手県高野連に対して情報提供があった同校野球部に憲章違反が疑われる事象について、複数回にわたり同校へ調査の実施と結果の報告を求めていたが、応じなかった。」と報じている。
2010年の日本学生野球憲章の改正作業にかかわった一人である私は、全学生野球関係者が憲章の目的を理解し、憲章が保障している権利を実現するために、適切な対応をすることを願っている。
憲章は、「学生は、合理的理由なしに、部員として学生野球を行う機会を制限されることはない。」(第4条第1項)、「部員は、本憲章に基づく学生野球を行う権利を有する。」(同条第3項)と定めている。
憲章違反行為が放置され、「学生野球を行う機会」・「学生野球を行う権利」(第4条第3項)が侵害されることは許されないことは当然である。
憲章は、学生野球団体である日本高等学校野球連盟に対して、「本憲章及び関係する学生野球団体の定める規則を遵守する」義務を課し、「本憲章の理念に基づく学生野球の実現を目指す。」(第5条)と責務を定めている。
日本高等学校野球連盟は、憲章の定めるところによって、
(1) 当該野球部に対して「学生野球を行う機会」・「学生野球を行う権利」(第4条第3項)が侵害されるという事実の有無を確認し、
(2) 仮に「学生野球を行う機会」・「学生野球を行う権利」(第4条第3項)が侵害されているならば、これを迅速に救済しなければならない。
その意味で今回の措置は必要不可欠である。憲章違反行為が発覚したのは昨年8月。もう半年が過ぎている。部員の側から見ると、高校3年間の6分の1が経過して解決をしていないことを示している。
憲章遵守義務(第5条)は、「野球部、部員、指導者」も担い手である。憲章は、「加盟校の学校長は、本憲章に基づく加盟校の義務を遂行するための最高責任者である。」(憲章第7条第1項)と学校長の重い責任と大きな権限を定めている。
「学校長」の用語は、高校では「校長」、大学では「学長」との呼称が一般的であるため、この両者を含むものである。
憲章遵守義務(第5条)がある「野球部、部員、指導者」・「加盟校の学校長」は、本来は日本高等学校野球連盟の厳重注意を受ける前に、憲章で保障された「学生野球を行う機会」・「学生野球を行う権利」(第4条第3項)を率先して守らなければならない。
高校野球部(報告の主体は校長となる)が、報告を怠り2度の厳重注意を受けるという例は聞いたことがない異常な状況である。
2度目の厳重注意を契機に、盛岡誠桜高校の校長のみならず、部長・監督・コーチ等の指導者が一丸となって適切な対応すること願っている。
PS 2月27日にホームページに「日本高野連の盛岡誠桜高校野球部に対する厳重注意−高校運動部活動と競技団体の規則との関係−」を掲載しました。
JUGEMテーマ:高校野球
JUGEMテーマ:浦和レッズ
本日、「浦和レッズ第三者委員会公開シンポジウム」が浦和市で開催されます。
天皇杯JFA第103回全日本サッカー選手権大会ラウンド16(4回戦)名古屋グランパス戦(2023年8月2日、CSアセット港サッカー場)において、浦和レッズサポーターによる?フィールドへの飛び降り、?相手サポーター及び警備運営スタッフに対する暴力等の試合運営管理規程違反行為が生じました。
浦和レッズは、直後からクラブとして行える対応を行ってきましたが、さらに必要な措置を検討するために、本事案に限らず、過去において発生した試合運営管理規程違反事案とそれらに対する弊クラブの対応を分析し、再発防止施策と教育・啓発施策を検討、実施することを目的に、社外有識者からなる第三者委員会(委員:8名)を立ち上げ、2023年11月14日から調査と分析をしてきました。
私も委員の一人です。
第三者委員会は、これまで20名近くの方々からヒアリングを実施し、さらに国内・海外における類似事案等を研究材料として、
(1)不適切行為の原因分析
(2)クラブが講じてきた対策についての評価と問題点の洗い出し
(3)今後の必要な対策についての提言検討
という3つのテーマに沿った分析、検討を行ってきました。
これらの分析、検討に基づき、第三者委員会からクラブへ、報告、提言を行うために本シンポジウムを開催するものです。
すでに定員に達して締め切られていますが、シンポジウムの内容は、浦和レッズは、「本シンポジウム開催翌日となる2月17日(土)に、弊クラブオフィシャルサイトへ書き起こしを含むレポートを掲載させていただきます。」と案内をしているところです。
最終的な提言書は3月にまとめる予定です。みなさまの御意見をいただければ幸甚です。
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JUGEMテーマ:高校野球
野球文化學會第7回研究大会に参加してきました。
田名部和裕さん(日本高等学校野球連盟顧問)、中村哲也さん(高知大学准教授)、吉田勝光さん(桐蔭横浜大学名誉教授)が野球文化學會で活動をされているのは存じ上げていました。しかし、私もなかなか新たな分野まで手が回らず、野球文化學會には参加できていませんでした。
2024年第7回研究大会は、「甲子園球場100年と高校野球」がテーマです。田名部さんが基調報告者で、「高校野球:改革の契機」で報告をしました。
私は、2007年の高校野球特待生問題有識者会議メンバー、2010年日本学生野球憲章全面改正作業担当者、2008年からは日本学生野球協会審査室委員ですので、この研究会には参加しておかなければならないと思っての参加です。野球文化學會にも入会しました。
西武ライオンズは、2007年3月9日、当時の大学生と社会人野球選手に対し不正な金銭供与があったことを公表しました。西武ライオンズが設置した調査委員会は、4月4日、中間報告で、1987年の球団創立から2005年6月の倫理行動宣言までの27年間で高校・大学・社会人野球の監督等延べ170人(内高校生76人)に最高1,000万円の現金や商品券渡していた事実を発表しました。
日本学生野球憲章(当時)第13条第1項は、「選手又は部員は、いかなる名義によるものであっても、他から選手又は部員であることを理由として支給され又は貸与されるものと認められる学費、生活費その他の金品を受けることができない」と定めており、野球部員であることを理由とする経済的援助を受けることは日本学生野球憲章違反でした。学ぶ意欲がありながら経済的な事情から高校進学が困難な生徒に対する奨学金は認めるも、学費免除を理由に有力選手を集めることは許さないという制度でした。
日本高等学校野球連盟は、専修大北上高校における野球部員の金銭授受の実態を調査したところ、同校は、4月12日には、授業料免除等特待制度の存在を認めました。日本高等学校野球連盟は、4月24日、独自に全国調査を実施したところ、5月2日までに加盟校4,167校の内約1割に当たる376校で野球部員であることを理由として学校が選手に入学金や学費免除等の特典を与えていたことがわかりました。
日本高等学校野球連盟は、「野球特待生制度」実施校及び野球部に対して、
(1) 「野球特待制度」の実施校を公表、
(2) 「野球特待制度」としての「奨学金」等の解約措置を取ること、
(3) 「野球特待制度」実施校は、申告時をもって責任教師(野球部長)を退任させ、代替の責任教師を委嘱、所属連盟に届け出ること、
(4) 「野球特待制度」実施校野球部の対外試合禁止措置はとりませんが、「野球特待制度」に基づき経済的利益を得た選手は、本来憲章13条違反として大会参加資格がないとみなされるところ、学校長の指導措置により5月3日以降、同月末までの対外試合参加を差し止める、
(5) 「野球特待制度」実施校野球部責任教師は、引責辞任とし、別途日本学生野球協会審査室の審議を経て有期の謹慎処分とする、
等の措置を発表しました。
違反校が当初の予想を超えて広がりを示したため、関係者は、日本高等学校野球連盟は「野球特待制度」の存在を知っていながら適切な措置を講じてこなかったとの批判が渦巻きました。「息子は声がかかったいくつかの高校から選んで特待で入学したが、特待が憲章違反とは知らなかった。無知だったのが悪いのか。処分されるべきは特待禁止を徹底してこなかった高野連だ」(高校球児の親)。
この措置が講じられたのは、各地区の春季大会期間であったため、春季大会は、チームとしての参加の辞退、特待生以外のメンバーでの出場等混乱を極めました。山梨県では、準々決勝で対戦するはずだった日本航空高校と東海大甲府高校がいずれも辞退して、準々決勝が不成立。このため、市川高校が準決勝の対戦相手不存在で不戦勝となり決勝進出。山梨学院大学附属高校が準々決勝辞退のため、同校に3回戦で敗れた甲府城西高校が復活して準々決勝に進出という混乱となりました。
さらに、日本高等学校野球連盟の処分内容の「野球部責任教師を退任させ」、「引責辞任」という表現に厳しい批判が集まりました。この表現は、所属連盟に登録された責任教師(野球部長)が謹慎処分を受けると、その学校が引き続き大会に参加するためには、別の教員を改めて責任教師として登録変更することを説明したものでした。しかし、不正確な表現であるため、当該校が謹慎処分を受けた当該責任教師を交代させた後の処遇については、当該学校長の専決事項であるにもかかわらず、日本高等学校野球連盟が教師としての退任、辞任を指示しているかのように受け取られ、批判を受けました。
日本高等学校野球連盟の「野球特待制度」実施校に対する措置に対し、私学関係者から「スポーツ特待生制度は私学の特色のひとつであり、これを制限するのは私学の経営に係わることで外部の団体から制限されるのは不当である」、「他のスポーツは認めているのに野球だけがダメだというのは不公平である」、「学生野球憲章13条は時代遅れで見直すべきである」等と反発がありました。
日本高等学校野球連盟は、5月11日には、
(1) 「野球特待制度」で学校からの奨学金の受給ができずに、転退学を余儀なくされる生徒については、奨学金の継続受給を認め、
(2) 「野球特待制度」実施校の責任教師(野球部長)の処遇についても「5月末までを自主的な謹慎期間とし、6月以降は復帰することを容認しました。
日本高等学校野球連盟の上記対応は、「朝令暮改」として、さらなる批判を招きました。
衆議院の教育再生特別委員会や文教科学委員会でも文部科学大臣に対し、この問題に関し質疑が行われるという波紋を広げ、自民党文部科学部会(吉村剛太郎会長)と文教制度調査会(河村建夫会長)では、5月31日に高校野球特待制度問題小委員会(塩谷立委員長)を立ち上げ、6月21日までに4回の会合を開き、関係団体からの事情聴取を行い、学生野球憲章の見直しや、全国高等学校体育連盟の中に高校野球連盟を入れるべきですと、組織自体の体質改善を迫る意見がありました。
このような、様々な議論が起こる中、日本高等学校野球連盟は、当初は、連盟内に「特待生問題私学検討部会」を設置し(第1回会合5月25日)て解決を目指しましたが、「野球特待制度」についての様々な意見が交錯し、早期の意見取りまとめは困難でした。
日本における野球は、1872(明治5)年に明治政府のお雇い教師ホーレスウイルソンによって現在の東京大学の前身・第1大学区第一番中学の生徒に紹介されたのが始まりとされています。着任したウイルソンは、受け持った学生たちの体格が貧弱で、顔色も悪かったことから、「まず戸外に出て身体を鍛えろ」とベースボールを学生に教えました。
ベースボールは、順次旧制高校や各地の中学校の生徒たちの間に「野球」が広まり、夢中になる学生の姿を見て、1911(明治44)年、朝日新聞社が、「野球害毒論」キャンペーンを展開し、当時第一高等学校校長だった新渡戸稲造らも、野球は学生たちにとって学業の妨げになる等と有害論を主張しました。一方、早稲田大学の初代野球部長となった安部磯雄らは、野球を通じて立派な青少年を育成することができると擁護論を展開しました。
昭和初期、再び学生野球の行き過ぎが懸念され、ついに政府が規制に乗り出し、1932(昭和7)年文部省訓令として「野球統制令」が発布されました。その中で、「選手ハ選手タルノ故ヲ以テ学校マタハ学校ヲ背景トスル団体等ヨリ学費其ノ他生活費ヲ受クルヲ得ザルコト」「野球ニ優秀ナルノ故ヲ以テ入学ノ便ヲ与ヘ又ハ学費其ノ他ノ生活費ヲ受クルガ如キコトヲ条件トシテ入学ヲ勧誘セザルコト」と規定されました。
1946年12月、文部省に代わる学生野球の指導、監督機関として日本学生野球協会が設立され、野球統制令は、1947年5月廃止されました。日本学生野球協会は、1949年1月、学生野球基準要項を改正、学生野球憲章を制定しました。日本学生野球憲章(当時)第13条第1項は、学生野球の過熱を防止する目的で、上記野球統制令の規定を踏襲したものでした。
2007年にいたっても、憲章第13条第1項は、75年前の1932(昭和7)の野球統制令の規定のままでした。
この間に、野球以外でのスポーツにおいては、特待生制度が広範に存在するようになり、高校野球での活躍で、学校名を普及させ、生徒を広く募集するという私学の経営戦略の一部として特待生制度が使われるようになりました。
日本高等学校野球連盟は、西武球団の裏金問題が発覚するまでの間に、「野球特待制度」が水面下で存在している疑いを持つことは可能であり、憲章第13条違反の実態がここまで広範になる前に調査をし、是正させること、あるいは、一定の条件下での「野球特待制度」を容認することは可能でした。
しかるに、日本高等学校野球連盟は、憲章第13条違反行為に対する適切な対応を怠ったのが、2007年の高校野球特待生問題の原因です。
「あってはならない」が、時を経ることで「あり得ない」になってしまった失敗です。福島の原発事故、日本相撲協会の八百長問題とも共通するガバナンス上の原因がありました。
日本高等学校野球連盟は特待生問題の解決のために有識者会議を設置しました。有識者会議設置前に田名部さんからは非公式にいろいろ相談を受けていました。
当時のメディアの論調は、日本高等学校野球連盟は「閉鎖的」「硬直的」というものであり、世論の大勢も同様でした。
日本高等学校野球連盟が自前でどんなにすばらしい取り組みをしても、「お手盛り」として正当な評価を受ける環境にはありませんでした。このような背景で、有識者会議の設立となったものです。
2010年の日本学生野球憲章全面改正後14年が経過しました。
この14年間にスポーツ界では様々な問題が生じました。日本高等学校野球連盟に対する「閉鎖的」、「硬直的」という評価はなかなか変化しませんが、実は、
(1) プロアマの60年の断絶の修復、プロ野球現役選手によるシンポジウム「夢の向こうに」の取り組み、
(2) 高校野球指導者の育成システムである「甲子園塾」のスタート、
(3) ボールカウント⇒ストライクカウントという日本のローカルルールを国際標準に変更する取り組み、
など幾つかの変化は実現しており、その変化の原動力となっているのは田名部さんだと思って見ていました。
また、「暴力・暴言・ハラスメント」の問題では、学校や教育委員会が「隠蔽をはかる」と考えた被害者とその関係者が、日本高等学校野球連盟なら隠蔽しないだろうと、日本高等学校野球連盟直訴するケースが多いのは他のスポーツ団体との違いの特徴です。この点では日本高等学校野球連盟は、他のスポーツ団体にない信頼を得ています。⇒高校野球の「暴力・暴言・ハラスメント」の問題は、中村さんの「体罰と日本野球」もぜひ一読ください。私の意見は、日本部活動学会における報告のとおりです。
質疑応答では、「暴力・暴言・ハラスメント」に厳しい立場の発言もありましたが、「『暴力・暴言・ハラスメント』に頼らない指導を求めるために必要なこと」について参加者の共通認識になっているとは思えませんでした。
私は、日本スポーツ少年団常任委員、日本スポーツ協会倫理・コンプライアンス委員会処分審査会、日本学生野球協会審査室委員としてスポーツ団体の運営にかかわってきています。
日本高等学校野球連盟も努力はしていますが、課題が多いので、残された課題については、他のスポーツ団体と比較すると、日本高等学校野球連盟の変化のスピードは速いとは言い難いと感じています。
もっと率直に言えば、私が何度意見をしても、日本高等学校野球連盟は、慣性の法則にしたがって行動するため、「舵」を切ろうとしませんし、「舵」を少し切っただけでは船体が大きいのでなかなか進路は変わらず、問題の解決に至っていないという感想です。
相撲協会の大麻問題・野球賭博問題・八百長問題の第三者委員会や全日本柔道連盟の強化留保金の第三者委員会として対応を担当したときには、これらのスポーツ団体の内部の常識と社会の常識との乖離がありました。この認識の乖離がスポーツ団体の危機を招き、解決に困難を与えるかを実感しています。
日本高等学校野球連盟は、他のスポーツ団体に比べてすぐれた部分も多くありますが、「社会の変化に伴う自己変革を遅れることなく実施することが求められている」という課題に答えてくれることを願いながら、参加した野球文化學會の研究集会でした。
私は、2016年に鳥取県高等学校野球連盟の「暴力・暴言・ハラスメント」に頼らない指導をテーマにした企画の講師で、米子空港⇒倉吉の会場にうかがってから8年ぶりの鳥取県訪問です。
スポーツ事故予防の取り組みでは、競技団体との共同・協同が重要と考えており、日本中学校体育連盟、日本高等学校野球連盟とはかねてから踏み込んで共同事業に取り組んできており、「これで防げる学校体育・スポーツ事故」シンポジウムも共催してきました。
全国高等学校体育連盟とは、連絡が十分に取れておらず、これまで十分な共同・協同が実現できていませんでした。
日本スポーツ法学会、日本スポーツ法支援・研究センター、スポーツ・ロイヤーズ・ネットワーク及び「これで防げる学校体育・スポーツ事故」シンポジウム事務局などの有志メンバーは、「これは改善しなければ」と考えて、昨年末、全国高等学校体育連盟にご挨拶にうかがいました。その際の意見交換から、今回の第58回全国高等学校体育連盟研究大会にオブザーバーで参加することが実現しました。全国高等学校体育連盟と研究集会を支えた鳥取県高等学校体育連盟には、直前の参加を認めていただき心から感謝です。
人口減少が進むなかで、少子化・1校当たりの生徒数の減少という状況下で部活動が様々な困難に直面をしている中で、各地域・学校、各競技で工夫を凝らした取り組みが報告されていて、大変感動しました。
私が参加した分科会では、壱岐高校野球部と壱岐商業高校野球部の顧問の先生の共同報告がありました。離島は人口減が著しく、高校進学時には離島の高校に進学をしない子どもが増加していること、練習試合をするにも島内だけでは限界があり、フェリーなどの移動に時間と費用がかかるという困難があり、部活動はより厳しい環境下にあります。
壱岐の先生方は、困難な中でも工夫を凝らし、壱岐に練習試合で来る高校野球部を求めるなどの練習試合の機会を増やす取り組みなどで野球部活動を支え、壱岐商業高校と対馬の高校野球部との合同チームが長崎県大会ベスト8までいくことができた経験を語っていました。
中学校と高校の部活動交流も離島や過疎地域の部活動の底上げには重要な視点です。
日本高等学校野球連盟は、高校野球部が、野球の競技力の高い中学生をいわゆる「青田刈り」することの弊害を予防するための規則を設けています。
これは、現在でも、看過できない弊害があり、必要な規則です。
しかし、社会情勢の変化は急激に進んでおり、部活動が、それ以上に高校が消滅しつつあるような地域において、中学校と高校が共同して、野球人口を確保する取り組みを可能とするような、社会情勢の変化に対応した柔軟な規程の運用が求められています。
この社会情勢の変化を競技団体である日本高等学校野球連盟、日本中学校体育連盟が機敏に捉えて、対応することが求められていると思いました。
また、全国高等学校体育連盟研究集会はすぐれた企画です。私が知っている範囲では、同様な企画は日本高等学校野球連盟は実施していないようです。
研究集会を全国高等学校体育連盟と日本高等学校野球連盟で共催で実施することはできないのでしょうか。
部活動を巡る問題は、野球部のみならず、他の競技とも共通する課題が多く、相互交流は、日本高等学校野球連盟にも全国高等学校体育連盟にも利するところが多いと思っております。歴史的な経過で、高校の運動部の組織は、全国高等学校体育連盟と日本高等学校野球連盟が併存しておりますが、戦後80年、共同協同の関係を深めることは必要なのではないでしょうか。
壱岐の高校野球部取り組みは、長崎県全国高等学校体育連盟が、野球を特別視することなく、全国高等学校体育連盟研究集会に参加できたということですが、余り例が多くないようです。
全国高等学校体育連盟研究集会(鳥取)と同一日程で日本中学校体育連盟研究集会が京都で開催されました。慌ただしかったのですが、私たちはハシゴでこちらも参加しました。全国中学校体育大会研究集会は改めて報告します。
令和4年度までは、日本スポーツ振興センターが受託事業者でしたが、今年から受託事業者が変更になった関係で、広報が遅れているようなので、広報のお手伝いです。
「体育・スポーツ活動での事故を防ぐために!」をテーマに、「学校等での体育・スポーツ活動での事故防止の意識啓発及び取組の充実を図るこを目的とし、事故の発生の背景や要因を把握・分析し、再発防止のための留意点や方策について、広く関係者で共有する。」ことを内容としています。
参加対象者は、「教育委員会職員、学校の管理職、保健体育科教員、養護教諭、運動部活動顧問・外部指導員、スポーツ関係団体、教員養成を行う大学関係者・保護者、教員養成課程に通う大学生等で、体育やスポーツ活動の安全・事故防止に関心のある方々」です。
2024年2月15日まで6会場で開催されます。一部実施済。
私は、2024年2月5日のWeb配信の回を担当します。2022年度のWebセミナーも担当しましたが、これは、Web上で視聴可能です。
2024年1月以降の「学校における体育活動での事故防止対策推進事業スポーツ事故防止セミナー」申込方法等は内容チラシをごらんください。
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日本部活動学会第6回研究集会「暴力・暴言・ハラスメントと部活動−この10年で変わったことと変わらないこと−」が2023年12月16日に筑波大学附属高等学校「桐陰会館」で開催されました。私は、基調報告「どうして部活動指導者は手を上げ、怒鳴るのか?」を担当しています。
運動部活動中の「暴力行為等」の原因については、
(1) 「学校における運動部活動を『スポーツ』ととらえるから、教育という部分がなくなり暴力が生じる」という意見、
(2) 「学校における運動部活動を『体育』ととらえるから、道徳教育の影響があって暴力の原因になる」という意見、
(3) 「学校における運動部活動における暴力の原因は、運動部活動において『勝利主義、競技志向』が強いことが原因である」という立場から「勝利を目指すから暴力に頼る」という意見、
等が主張されてきました。しかし、これらの意見はいずれも正しくありません。
日本のトップアスリートとその指導者は、「暴力・暴言・ハラスメント」に頼らないスポーツ指導の方法を知っています。
正しい原因の分析と正しい対策が共有化されることが肝要です。
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これまでも何度か「補償の問題」についても意見を述べてきましたが、2022年12月、慶應義塾大学で開催された日本スポーツ法学会第30回大会で「スポーツ事故補償の新たな制度に向けて」のテーマで基調報告をし、35年間考えてきたことをまとめて提言しました。
基調報告の内容は日本スポーツ法学会年報30号に掲載されました。
結論は、
(1) 現在の学校災害共済給付制度もスポーツ安全保険制度もなかなかすぐれた制度であるが、よりよい制度にするためには、いくつかの点で改善が必要なこと、
(2) 当事者の負担の少ない紛争解決制度は創設すべきこと、
(3) 予防に結びつける新たな制度を創設すべきこと、
の3点です。
よりよい、スポーツ事故補償制度の一助になることを願っています。
]]> 廃部が検討されるほどの重要な問題があったことは理解していますが、アメリカンフットボール部に所属している部員、来年度から日本大学に進学し、アメリカンフットボールをやろうと考えていた受験生たちの声は十分聞いた上での判断だったのでしょうか。
廃部以外の道はなかったのでしょうか。
報道ベースの情報しかない私としては、意見を述べることは躊躇していたのですが、「日大のライバル校・関西学院大学卒業生のアメフトファンが、廃部の見直しを求めるオンライン署名を開始しました。」という情報を得て、疑問は疑問として、公表しなければと思って、この文書を書いています。
日本大学には、拙速な判断だったと後悔しないように、利害関係を有する人々の意見を十分聞いて判断して欲しいと希望しています。
PS 産経新聞の12月1日のオピニオン「日大アメフト廃部 学生を守る気概ないのか」の意見(記事の存在に気がつくのが遅れました・・・・)には私も賛成です。
]]> 「これで防げる学校体育・スポーツ事故」シンポジウムの企画、日本スポーツ振興センター「学校災害防止調査研究委員会・スポーツ事故防止対策協議会」で御一緒している日本体育大学三宅良輔先生の御厚意です。
2016年にうかがって以来ですので、7年ぶりです。
体操部のみなさんの全力での演技に感心して見入った2時間でした。
高さがある演技は華やかです。
小・中・高校での運動会・体育祭での組立体操での事故予防を呼びかけている者の一人としては、学校の先生方が、十分な練習時間が確保できない状況で、日本体育大学体操部と同レベルの演技を安易に試みることがないように警鐘も鳴らさないとという思いと両方でした。
日本体育大学体操部のみなさんが、日本のスポーツ界で活躍していただくことを願っています。
]]> 東京弁護士会期成会が40周年の御祝いの会を開催してくれました。
会に寄せた一文です。
依頼者がいない課題に取り組んで
私は、労働、医療、教育、スポーツの分野で「命と健康を守る」という仕事をしてきた。他の分野に比べてスポーツ分野を手がけている弁護士が少ないので、私の仕事の内スポーツ分野が目立っているが、この4分野での仕事をしてきた。
弁護士登録30年を越えた頃から、「命と健康を守る」というライフワークについて、私自身でやるべきことは概ねやったと思い、これからは、このライフワークを引き継いでやってくれる若手にバトンを渡すのが課題だと考えて、仕事の軸足を決めている。
私がかかわった4分野の内スポーツの分野については、若手にバトンを渡す仕事は私が責任者のつもりで取り組んでいる。私が日本スポーツ法学会に入会をした1994年は、私が弁護士としては3人目の会員だった。それから30年。今では、250人を超える弁護士が会員。スポーツの各分野で現実に仕事をしている弁護士も増えた。「体育」・「法」の大学教員からは、スポーツにかかわる若手弁護士の裾野が広いのがウラヤマシイと言われている。
私は1984年に弁護士登録をし、労災職業病と過労死問題を主たる活動分野としていた。山田裕祥弁護士(27期、期成会)に連れられて、1988年に高校での水泳部活動中の事故と体操部活動中の事故の被災者に出会い、以後これまで、スポーツ事故の予防と補償の問題にかかわることとなった。それからは、スポーツ事故だけでなく、アンチ・ドーピング問題、競技団体の代表選手選考、競技団体のコンプライアンス違反事件、「暴力・暴言・ハラスメント」に頼らないスポーツ指導等様々なスポーツ法の分野にかかわることになった。
スポーツ事故の相談を担当して疑問に思った点が2つあった。1つは、なぜ同じ事故が繰り返されるのかということだった。2つは、高度後遺障害を負った被災者の生活の大変さであった。
1988年当時でも、プールでの競泳スタート(飛び込み)事故判例は10件を超えていた。水深の浅いプールで飛び込めば水底に衝突する事故が生じることは誰でも分かる。それではどれだけの水深があれば安全なのか?
過去の判例(1992年までの15判決におけるプールの水深は0.8m〜1.3m)を検討していくと、原告の請求を棄却した判決は、プールの水深は事故を防止できる十分な安全性があるとしてプールの設置管理の瑕疵を否定した。原告の請求を認容した判決も、水泳指導者の過失-水泳指導者が「異常な飛び込み方」をさせた、あるいはこれを看過したこと-を責任の根拠としていた。プールの「設置管理の瑕疵」を認めた判例は皆無であった。
当時の判例は、水深が0.8〜1mあれば、スタート台上から競泳のスタート(飛び込み)をしても、事故を防止しうる「通常有すべき安全性」を備えたプールであると判断していた。この判例の判断が間違っているのではないか。だから事故が繰り返されるのではないか。「補償」という点では、補償の根拠が国家賠償法第1条でも第2条でも同じである。しかし、「事故の予防」という点からは、事故の原因を正しく解明した判断にならなければ、事故は繰り返される。これが疑問の1つ目だった。
私は、この問題については、1992年、「飛び込み事故とプールの設置管理の瑕疵」(ジュリスト1013号)として発表し、さらに、日本スポーツ法学会第2回大会(1994年)で、「スポーツ障害・事故の法律的側面の現状と課題」(年報2号掲載)として報告した。1993年には、プール飛び込み事故の原告代理人の方々(石川元也・大阪、宗藤泰而・神戸、沼田敏明・秋田、増田博・鹿児島、市川俊司・福岡等の15名)と文部省への請願もした。
その後国際水泳連盟のプール水深基準の改定もあり、現在では、スタート台直下から前方6mの水深が1.35m未満では安全に欠けるというのが標準となった(日本水泳連盟プール公認規則第20条)。1970〜1980年代にスタート事故が多発したことに比べれば、最近はプールでの競泳のスタート事故は著しく減少したものの、事故は皆無には至っていない。
スポーツ事故予防については、日本スポーツ法学会で研究と提言を続けた。
「スポーツ活動中の競技者間の事故については、競技団体のルールに任せて、裁判所は口を出すな。」という競技団体関係者の主張に対して、2022年、他の研究者・若手弁護士と共同で、競技者間事故についての競技者、競技団体に求められる予防の責務、競技規則と法の関係を明らかにした「スポーツ事故の法的責任と予防-競技者間事故の判例分析と補償の在り方」(道和書院)を出版した。
2012年から日本スポーツ振興センター(JSC)「学校災害防止調査研究委員会・スポーツ事故防止対策協議会」委員として、スポーツ庁とJSCに厳しい意見と提言を言い続けている。しかし、スポーツ庁もJSCも立ち上がらない。「学校災害防止調査研究委員会・スポーツ事故防止対策協議会」委員有志は、「それではやってみせよう。」と、2017年からは「これで防げる学校体育・スポーツ事故」シンポジウムを実施した。これまでにシンポジウムは7回実施し、若手弁護士が企画・運営を担ってくれている。
2023年には、この企画を担ったメンバーで、「安全に注意しよう」で終わっている現在のスポーツ庁のガイドラインに対して、「学校災害共済給付制度事故データベース」(JSC)を分析して、科学的視点で具体的な事故予防の提言をする「これで防げる!学校体育・スポーツ事故-科学的視点で考える実践へのヒント」(中央法規出版)を世に送った。
スポーツ事故で高度後遺障害負った被災者への補償は、時代と共に改善されていった。これまでも何度か「補償の問題」についても意見を述べてきたが、2022年、日本スポーツ法学会第30回大会で「スポーツ事故補償の新たな制度に向けて」のテーマで基調報告をし(年報30号掲載)、35年間考えてきたことをまとめて提言した。
依頼者の弁護士への相談は「補償」である。スポーツ事故、労働災害職業病・過労死、医療過誤の「予防」も「補償制度」も、「依頼者がいない課題」という点で共通である。
依頼がなくても、誰かがやらなければ、悲しみにくれる被災者とその家族をなくすことはできないし、事故で大きなケガを負った被災者と家族の支えになることはできない。
私は信仰があるわけではないが、神様がいたら、「たいしたことはしなかったが、少しは人のためになる仕事をしたね。」と言ってもらえる人生でありたいと思っている。
市民窓口の苦情相談を担当していると、「この人は何のために弁護士になったのだろうか」と疑問に思う事案にしばしば当たる。「若い人には、『少しは人のためになる仕事をしたね。』と言える人生を歩んで欲しい」と思って、もうしばらく、「小言がうるさい」年寄り弁護士として仕事をしようと思っている。
対戦相手のNSSU Water Polo Clubはデレゲート(競技役員の名称)に対して、水球競技一般規則第3条に基づく抗議をし、第4ピリオド残り10秒でのタイムアウト後からの再試合を求めた。理由は、第4ピリオド残り10秒でのタイムアウト後に試合が再開された後、残り競技時間を示す時計が正常に動作しておらず、秀明大学水球クラブの13点目は競技終了後であることにあった。公式動画では1:19:14でプールサイドからボールがプールに投げ入れられ、残り10秒の試合が再開されたが、左上の残り時間を表示する時計は3秒ほど動いていない。
デレゲートは、NSSU Water Polo Clubの抗議を退けた。
NSSU Water Polo Clubは、水球競技一般規則第3条に基づき、控訴陪審へ上訴をした。
控訴陪審は、第4ピリオド残り10秒でのタイムアウトの試合再開後、残り競技時間を示す時計が正常に動作しておらず(約3秒間動作が遅れた)と認定し、秀明大学水球クラブの13点目は無効であると判断した。しかしながら、控訴陪審の判断時にはすでに秀明大学水球クラブメンバーは試合会場から退出しており、最後のタイムアウト時点からの再試合も、第4ピリオド終了時で同点であった場合のペナルティーシュート戦(水球競技規則WP11.3)も実施不能であったため、12-12で決勝戦が終了したとして両チームを優勝とした。
秀明大学水球クラブは、2021年11月11日、控訴陪審の決定を不服として、競技者資格規則(2022年2月26日改正前)第11条に基づく不服審査会に不服申立をした。
不服審査会は、2021年11月16日付で前項の不服申立を却下した。
秀明大学水球クラブは日本スポーツ仲裁機構に対して、2021年12月18日、?控訴陪審の決定、?2021年11月16日付不服審査会の決定の取消を求めた。
仲裁パネルは、2023年1月18日、前項の仲裁申立に対して判断をした。判断の結論は、?控訴陪審の決定の取消を求める請求については仲裁合意がないことを理由に却下し、?2021年11月16日付不服審査会の決定の取消についてはこれを認めた。⇒仲裁判断
日本水泳連盟は、不服審査会を再度招集し、不服審査会は、審理をした上で、2023年2月20日、再度、秀明大学水球クラブの不服申立を却下した。⇒不服審査会決定(PDFがダウンロードされます)
秀明大学水球クラブは、日本スポーツ仲裁機構に対して、2023年3月14日、?控訴陪審の決定、?2023年2月20日付不服審査会の決定の取消を求めた。
仲裁パネルは、2023年9月29日、前項の仲裁申立に対して判断をした。判断の結論は、?控訴陪審の決定の取消を求める請求については、仲裁合意の有無について判断することなく、取消理由がないとして棄却し、?2023年2月20日付不服審査会の決定の取消理由もないとして棄却した。⇒仲裁判断
以上の経過で、2021年10月31日の第97回日本選手権水泳競技大会水球水球競技女子決勝戦の結果をめぐる紛争は、1年+10か月+19日後の2023年9月29日に終了した。
本件は、2023年1月18日付仲裁判断と2023年9月29日付仲裁判断は、
(1) 不服審査会決定に対する判断においては、審理対象の決定が異なるとは言え、争点を共通にする点について、異なる判断をし、その結果主文も異なっていること、
(2) 2023年1月18日付仲裁判断は控訴陪審決定について仲裁合意がないと判断しているにもかかわらず、後の仲裁で同じ請求がなされ、2023年9月29日付仲裁判断では、仲裁合意がないこと、あるいは、日本スポーツ仲裁機構規則第48条の規程に基づく再訴を許さないとの判断をすることなく、実質判断をして、控訴陪審の決定の取消請求を棄却したものである。
私は、この事件には、?2021年11月16日付不服審査会決定、?2023年2月20日付不服審査会決定に、いずれも審査会委員として関与をしている者であり、両不服審査会決定の内容が全てであり、その余の意見を述べる立場にはない。
本件は、今後のスポーツ仲裁パネルのあり方にかかわる重要な問題を提起しているものである。仲裁パネルは競技団体が定めた規則の目的を正確に理解することが求められている。本件が、スポーツ仲裁にかかわる多くの人により議論がなされ、よりよいスポーツ仲裁となることを願っている。
PS 秀明大学水球クラブ、同クラブ監督及び同クラブ選手の3名は、日本水泳連盟及び競技役員3名を被告として、する損害賠償請求訴訟を、2023年10月30日東京地方裁判所に提訴し、現在訴訟係属中である。
日本水泳連盟の本訴訟に対する見解は、以下のとおりである。
JSAA-AP-2022-018仲裁パネルは、2023年9月18日、
「 デレゲートや控訴陪審の選任や中立性には疑義はないのであり、そうであれば、一般規則が控訴陪審に広い裁量権を与え、その判断を最終としていることを前提とすると、限られた時間と人員によって、トーナメント決勝戦終了間際の事態に対して迅速な対応を迫られたデレゲート及び控訴陪審の判断は、個別の点について疑義はあれども、全体として尊重することは許容される。
デレゲート及び控訴陪審の手続及び内容の違法をいう申立人の主張には、被申立人の不服審査会による本件2023年却下決定における判断に著しい非合理性ないし手続的瑕疵があるというに足る理由はなく、上記(3)における本仲裁パネルの結論(本件不服審査会の手続に関し、本件判断枠組みでいう?規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、?決定に至る手続に瑕疵がある場合のいずれにも当たるということはできない。)を左右するものではない。
(5) 前記2のとおり、本件2023年却下決定に取消事由が認められない以上、申立人の請求のうち「被申立人控訴陪審が2021年10月31日付けでなした第97回日本選手権水球競技大会水球競技女子決勝戦において最後の得点(申立人13得点目)を無効とした決定を取り消す」ことを求める部分は前提を欠き、仲裁合意の存否及び本案につき判断するまでもなく棄却する。」(17〜18頁)
と判断した。
上記仲裁判断により、本控訴陪審(ジュリー)決定も本不服審査会決定も、決定に至る手続に瑕疵がある場合にも当たらず、規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合にも当たらないと判断され、原告秀明大学水球クラブの請求は否定されている。
しかるに、原告らは、本訴において、
(1) 原告秀明大学水球クラブの主張を否定したJSAA-AP-2022-018仲裁判断は誤っているとして、これと異なる判断を求め、
(2) 本控訴陪審(ジュリー)決定が、被告日本水泳連盟の規則に違反した決定に至る手続に瑕疵があることをもって、不法行為であるとして、被告らに損害賠償請求をするものである。
すでに、上記仲裁判断により、本控訴陪審(ジュリー)決定も本不服審査会決定も、決定に至る手続に瑕疵がある場合にも当たらず、規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合にも当たらないと判断されているため、原告らの主張は失当である。
スポーツの試合における競技役員の判断について、スポーツ仲裁で争われ、結論がでているにもかかわらず、このスポーツ仲裁の判断と異なる事実認識で訴訟が提訴されることは異例である。
スポーツチーム、役員、選手によるこのような訴訟提訴が、スポーツ紛争の解決としてどのように評価されるべきかは重要な問題であり、判決を踏まえて改めて明らかにする。
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日本スポーツ協会(当時日本体育協会)、日本パラスポーツ協会(当時日本障害者スポーツ協会)、日本オリンピック委員会、全国高等学校体育連盟、日本中学校体育連盟の5団体による2013年4月25日「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」の作成に携わり、その後は、日本スポーツ協会指導者育成部処分審査会委員、日本スポーツ少年団指導者育成部処分審査会委員、日本学生野球協会審査室委員として、毎日のように、スポーツ指導者の「暴力・暴言・ハラスメント」不祥事件に対応している者としては、ため息をつきたくなる毎日です。
「建前」としては、スポーツ指導における「暴力・暴言・ハラスメント」は「ダメ」という認識が少し広がったかなという印象ですが、抜本的な変革には至っていません。
スポーツ団体や教育委員会で講習をすると、主催者の共通した「グチ」は、「(今日の)講習に参加している人はだいたい大丈夫な人なんです。今日の話を聞いて欲しいと思っている人、ほっとくと危ないと心配している人は、何度誘っても来てくれないんです。」です。
スポーツ団体や教育委員会の講習だけでなく、これからスポーツ指導者になろうという人に考えてもらわないといけない!
私は、早稲田大学法科大学院のスポーツエンタテイメント法の授業を担当していましたが、高齢者の仲間に入る時期を節目に若手にバトンを渡して卒業済です。
引退モードでしたが、考え直して、今年度は、スポーツ指導者を志している大学生・大学院生を対象として話をする機会を設けてもらい、若手に「言い残す」仕事をしようと思っています。
来週は1週間大阪体育大学で出前講座をします(中尾豊喜体育学部教授にお世話になります)。6月には高校で、7月には国士舘大学で出前講座です(入澤充法学部特任教授にお世話になります)。
「『暴力・暴言・ハラスメント』に頼らず、すぐれた選手・チームを育てることができる指導者になる」という講座です。
法律家らしいスライドは1枚だけです。ほとんどが、日本スポーツ協会指導者育成部員のような話です。
私は、スポーツ指導者ではないので、山下智茂さん(石川星陵高校野球部元監督)、池上正さん(ジェフユナイテッド市原・千葉元育成・普及部コーチ)らすぐれた指導者の方々力を借りて受講者に考えてもらいます。
理解してほしい内容は、スポーツ指導に限らず、「指導」というキーワードに共通しています。最近、労働者が自ら命を絶った事件についての調査委員会を担当しました。企業の幹部社員の「指導」も全く同じだなと思っています。
本当は、90分枠で2枠欲しいのですが、スポットの講演ですと2枠は無理なので、2時間or1時間で詰め込みで、コーチングをしています。ティーチングはしません。コーチングとティーチングの違いが分からないという人は、まず指導の基本である、この2つの違いを理解してもらうところからスタートしてください。
「暴力・暴言・ハラスメント」に頼らず、すぐれた選手・チームを育てることができる指導者をめざしませんか?
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知人の廣田龍馬さん家族が、昨年の栃木いちご一会国体の馬術競技に参加するので、応援にいかなければと思っていたのですが、東京都軟式野球連盟の講習(講師担当)と日程が重なってしまい、リアル応援はできませんでした。
廣田夫妻はW優勝といううれしい結果でした。遅ればせながらの御祝いとファームの見学です。廣田さんの先代から引き継いできた、馬と馬術競技に対する思いを改めて知る機会になりました。
日々の仕事に追われて、宿題がなかなか仕上がらないのですが、ようやく大田原、那須と訪れることができました。今年のゴールデンウィークに感謝です。
1箇所は、2017年に発生した那須雪崩事故により亡くなられた7名の生徒、1名の教員の慰霊碑です。栃木県立大田原高校に設置されています。
2017年3月27日午前8時半すぎ、栃木県の高校が合同で行った茶臼岳山麓における春山安全講習会に参加した生徒・教員40人以上が雪崩に巻き込まれ、8人が死亡した事故です。
自然環境が関係する事故においては、自然現象は人の力で防げないということから、自然現象が原因となる事故を防げないという、誤った意見が常にあります。
私の意見は、
「雪崩は防げないが、雪崩事故は防げる。」
「落雷は防げないが、落雷事故は防げる。」
です。
自然現象は防げないが、自然現象を原因とした事故は防げます。
8000m級未踏峰へ初登頂を目指す、そのためには命をかけてもチャレンジする。その危険を正しく認識した上でのチャレンジは、自己決定権の範囲です。
しかし、学校教育下で、あるいは、未成年者を対象者としたスポーツで、命を失ってもよいという危険を受け入れることはできません。登山も例外ではありません。
もう一方で、那須雪崩事故が生じたことから、登山は危険なことだから止めてしまおうという「石橋叩いても渡らず型」の対応が進むことも懸念しています。
私は、事故が生じた時の誤った対応として、「猪突猛進型」、「石橋叩いても渡らず型」の2つがあることをかねてから指摘してきました。
両者は、事故原因の解明と再発防止の措置も講じないことは共通です。ただし、結論は、「クヨクヨせずにチャレンジしよう(結果として事故を繰り返す)」か、「そんな危険なことは全部止めてしまおう」という正反対となります。
私は、戸田芳雄先生(学校安全教育研究所代表)、日野一男先生(実践女子大学名誉教授)と共に、2019年から栃木県に設置された「高校生の登山のあり方等に関する検討委員会」メンバーの学識経験者の一人として、この事故を繰り返さないために、栃木県から全国に正しい取組が発信できるための活動の一部を担ってきたと自負しています。
慰霊碑が設置されてから早く訪ねておかねばならないと思っていたのですが、ようやく、後世に事故の教訓を残すモニュメントとして相応しい慰霊碑を自身で確認することができました。
]]> 残念な報道で、事故原因の解明と再発防止の措置が講じられることを願っている。
私は、事故が生じた時の誤った対応として、「猪突猛進型」、「石橋叩いても渡らず型」の2つがあることをかねてから指摘してきた。
「猪突猛進型」は「スポーツでケガは避けられない」との認識から、事故原因の解明と再発防止の措置も講じないままで、事故を繰り返す対応。
「石橋叩いても渡らず型」は、事故原因の解明と再発防止の措置を考えない点では「猪突猛進型」と同じだが、出口は「そんな危険なことは止めてしまおう」ということで、結論は正反対となる。
後援をしていた飯能市、飯能市教育委員会、一般社団法人奥むさし飯能観光協会、毛呂山町、秩父市、秩父観光協会の内、秩父市は「『死亡事故はあってはならない』とし、今後大会にはかかわらないことを決めた。」と報道されている。
報道(東京新聞2017年11月23日埼玉版)だけでの評価は慎重にすべきと思うが、
○ 秩父市が「事故があったことは翌日の新聞紙上で知った。大会の二日後に主催者側から状況の説明を受けた」という点を問題にしている点はそのとおりだと思うが、
○ 事故原因の解明と再発防止の措置について十分検討されて様子がないまま、「石橋叩いても渡らず型」の対応で「今後大会にはかかわらない」と決定しているならば、これには賛成しがたい。
後援をした地方公共団体である秩父市には、死亡事故を起こした大会を後援した団体の一つとして、どうして事故を予防できなかったのか、また、「事故原因の解明と再発防止の措置」を考えるの責務があり、この責務に応える事故後の対応を望みたい。
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以下は雑文です。
ハリーポッターシリーズの「秘密の部屋」では、ロックハートが腕を骨折したハリーを治療しようとした時に、ハリーは、ロックハートが正しい治療ができるとは思っていなかったので(話の展開からは私はこう理解しています。)、ロックハートの治療を受けることを拒みました。
しかし、ロックハートは、ハリーが治療を拒んでいるのを無視して、骨折を治そうと呪文をかけましたが、骨折を治すことなく骨を抜き取ってしまいました。
校医のマダム・ポンフリーは「骨折ならあっという間に治せますが、骨を元どおりに生やすとなると…」と怒っていました。
この話が「人間界の日本で起こったできごとだとしたら・・・」と思ったこと。
(1) 腕の骨折の治療は、一般的には医療機関を受診して治療をすることを待てない、緊急な応急手当が必要だという事態は多くない。ハリーの骨折も話の中ではこのような緊急性が認められる事情はなかった。
このような状態は、「緊急事務管理」(民法698条)の「本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるため」という要件の「急迫の危害を免れさせるため」という要件に欠ける。
したがって、「緊急事務管理」は成立せず、ロックハートは一般の「事務管理」(民法第697条)の善良なる管理者の注意義務(抽象的な平均人としての注意義務)を負う。←緊急事務管理が成立する場合は、「 悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。」とされています。
ロックハートの呪文間違いが重過失でなくても(呪文間違いが無過失ではないという前提です。ホグワーツ魔法魔術学校の教師ですから重過失が成立するように思います。)、ロックハートは善良なる管理者の注意義務(抽象的な平均人としての注意義務)違反として、不法行為責任を負う。
(2) それ以前に、通常の「事務管理」と考えたとしても、「義務なく他人のために事務の管理を始めた者は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理をしなければならない。」(民法第697条)のであり、「他人のため」という要件が必要であり、本人の意思に反しないことが求められる。
本件では、ハリーは明確にロックハートの治療を拒んでいるので、本人の意思に反した行為を行っているので、そもそも「事務管理」の要件にも欠ける。
事務管理として免責されることはないので、ロックハートの応急手当としての措置が間違っているので不法行為責任(第709条)を負うのは当然であるし、ロックハートが正しい呪文を唱えても(適切な応急措置であっても)、ハリーの自己決定権の侵害として不法行為責任を負う(損害をどう見るかはあるにしても)可能性がある。
これが日本の法律の適用だと思いますが、医療関係者は違和感あるのかな?
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2017年10月4日 素晴らしい日。
2017年愛媛国体自転車競技「成人・ケイリン」種目で寺?選手が優勝した。予選、二回戦、準決勝と一位通過。決勝戦でも堅実なレースで1位フィニッシュ。
日本スポーツ仲裁機構の仲裁パネルは、私たちの要望に応えてくれた。
夏休み返上で審問期日を設定し、仲裁判断を作成した。
国体選手登録〆切日の5日前という8月18日、資格停止4年を停止期間4か月に短縮する(仲裁判断時点では資格停止期間は終了している)という仲裁判断だった。この決定で、寺?選手は愛媛国体に出場できるチャンスを与えられた。⇒仲裁判断(JSAA-DP-2016-001)はこちら
仲裁判断後直ちに福井県自転車競技連盟は追加予選会を実施した。暫定的資格停止処分後9か月間一人だけで競技力の維持・向上に取り組んでいた寺?選手は、自らの力で福井県代表選手の立場を手にした。
愛媛国体に出場できることになった寺?選手は、飯田弁護士と私に、「愛媛国体の表彰式で一番高い台に立つ」という約束をした。
私は、「決勝戦に応援に行くから」と応えた。
10月4日。寺?選手は、松山中央公園多目的競技場でのレースで、観覧席にいた私の目の前でこの約束を立派に果たした。一番でフィニッシュラインを越えた。
美しい話だ。
しかし、よかった、よかったで終わらせるわけにはいかない。
2016年いわて国体自転車競技「成人・ケイリン」種目で優勝した寺?選手。喜びの数日後に待っていたのは、ドーピング検査で陽性との通知だった。思いもよらない通知。検出されたのは、1-テストステロン(1-Testosterone)と1-アンドロステンジオン(1-Androstenedione)の各代謝物。世界アンチ・ドーピング機構が定める禁止物質の中の蛋白同化男性化ステロイド薬(AAS)だった。これは筋肉増強作用があるとされている物質。
もちろん、寺?選手は、意図的に禁止物質を摂取したことはなく、「寝耳に水」。
原因は、暫定的資格停止処分から9か月後の2017年7月21日にようやく判明したが、寺?選手が摂取していたサプリメントANAVITEに1-Androstenedioneが混入していたのだ。
ANAVITEが汚染されていた事実は、日本アンチ・ドーピング規律パネルの審理段階では明らかにならず、日本スポーツ仲裁機構の仲裁手続の中でようやく判明した。
刑事裁判で言えば一審にあたる日本アンチ・ドーピング規律パネルの審理では、福井県体育協会副会長・医科学委員長の林正岳医師が一生懸命に弁護をした。
しかし、日本アンチ・ドーピング規律パネルは、「競技者の検体からは2種類の禁止物質が検出されていることからすれば、競技者が本違反の結果に至りうる重大なリスクがあることを認識しつつ当該リスクを明白に無視したこと(JADA規程10.2.3項)、すなわち、本違反が意図的ではなかった旨を立証できなかった」と判断し、4年間の資格停止処分を言い渡した。
寺崎選手は、4年間の資格停止を甘受しても、なお競技を継続するという心の強さまではもっていなかった。彼は一旦は競技生活を断念しようと考えた。そんな彼を支えたのが、南部則雄さん(福井県体育協会常務理事)と林先生だった。
私に声がかかったのは正月早々。福井県体育協会の仕事をされている宮本健治弁護士(福井)が、全く面識がない私に電話をしてきた。用件は、「寺?選手を救って欲しい。」。
私が担当したサンフレッチェ広島F.C千葉選手のドーピング事件(日本アンチ・ドーピング規律パネル2016-007号、パネル決定は2016年12月20日、理由の通知は2017年1月6日)が解決してまもない時だった。
「とりあえずは話を聞いてから」と言うことで、寺?選手と会ったのは1月13日。南部さんが付き添って、福井から東京まで来た。初めて会った寺?さんは、朴訥とした青年の印象。
話を聞くと、寺?さんは、ドーピング違反となる可能性に警戒をしないでサプリメントを摂取していたのではなく、製品のみならず製造会社までインターネット上の情報を詳しく調べていたし、他のドーピング検査を受けていた選手が使用していた事実なども確認した上で、サプリメントを選んでいた。私の感想は、「よく調べているな。ここまでやっているアスリートはあまりいないだろうな。」。
ドーピング検査時に使用していたサプリメントは10種類。
恐らくこのブログを読んでいる人は、「なぜ、そんなにたくさんのサプリメントを?」と思うだろう。
これは、アスリートの心理を知らないと理解できない。
サプリメントを取ることで成績が向上すると思っているアスリートは少数。
多くは、ライバルや周囲のアスリートがサプリメントを摂取しているのに、「自分だけサプリメントをとらないと後れをとるのでは・・・・」というのが心理だ。
わが家の長男(現在ノースカロライナ大学でゲノム解析をしている研究者)は、中学校・高校と野球漬けの学生生活だった。中学生の時だと思うが、長男が「プロテインサプリメントを使いたい。」というので、アンチ・ドーピング活動にかかわっている私は、当然反対。
「しっかりとした食事をしていれば大丈夫。プロテインサプリメントなど必要ない。アンチ・ドーピングに精通している私がいうのだから。」と言ったのだが、私はわが子でさえ説得できなかった。
同じ野球部の仲間がみな使用しているという状況下で、一人だけプロテインを使用しないという選択はできなかった。これがアスリートの心理だ。
(A) サプリメントは医薬品ではないので、ドーピング違反となる危険性はない、
(B) サプリメントで禁止物質を含まないと保証されているものはないので、安全な(ドーピング違反とならない)サプリメントは存在しない、
(C) サプリメントの中には、禁止物質が含まれているものがあるので、安全な(ドーピング違反とならない)サプリメントであるか否か注意をすべきだ、
という3択での質問。
あなたならどの答えを選びますか?
私の予想は90%のスポーツ関係者は(C)を選ぶと思っています。
でも、これは間違い。正解は(B)。現在の検査水準でセーフと言われても、8年後の検査水準では×となる可能性は誰も否定できない。これは、ウサイン・ボルト選手が、2008年北京オリンピックで獲得した男子400mリレー金メダルを返還したことからも明らか。
日本経済新聞は、2017年1月28日、「ボルト、金メダルを返還 北京五輪の400リレー」の見出しで次のとおり報道している。
「 陸上男子のウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)が27日、2008年北京五輪陸上男子400メートルリレーで獲得した金メダルを返還したと明らかにした。第1走者だったネスタ・カーター選手がドーピングの再検査で失格となり、国際オリンピック委員会(IOC)がメダル剥奪を発表したためで、ロイター通信は「つらいが、IOCの求めに応じて自分のメダルの一つを戻さなくてはいけない」との談話を伝えた。
カーター選手の弁護士は処分を不服としてスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴する意向を示しており、処分が確定する前に選手側からメダルを返還するのは異例。(略)」
ネスタ・カーター選手から検出された物質は、メチルヘキサンアミン。これは、サンフレッチェ広島F.C千葉選手から検出されたのと同じ興奮剤。
2008年の北京オリンピックの検査では検出不能だったメチルヘキサンアミンが、8年後の同一検体の検査では陽性反応となる。逆に言えば、2008年当時は「安全宣言」可能なサプリメントであっても、8年後の検査での陽性の原因となることは誰も否定できないということ。
「(B) サプリメントで禁止物質を含まないと保証されているものはないので、安全な(ドーピング違反とならない)サプリメントは存在しない」が正しい判断。
アスリートのみなさん。サプリメントを摂取するのは、サプリメント摂取によるドーピング検査陽性という地雷は、アスリートは探知することが不可能(禁止物質が含まれているか否かを知り得ない)であることを承知しながら、あえて、ドーピング検査陽性という地雷が埋まっている地雷原を歩くようなもの。これが正しい科学的知見。
こんなリスクにチャレンジするのは無謀だ。
JADAがアスリートに求めている注意義務は次のとおり。
(1) 寺?選手の尿検体から禁止物質が検出されたのは、サプリメント「ANAVITE」が原因。
(2) 「ANAVITE」の製造メーカーは、ガスパリニュートリション社(GaspariNutrtion)。
(3) ガスパリニュートリション社(GaspariNutrtion)製のサプリメント「SP250」については、これを摂取した競技者から、禁止物質が検出され、 日本アンチ・ドーピング規律パネル平成27年12月8日(2015-001事件)決定と同平成28年3月16日(2015-009事件)決定において、禁止物質が含まれているとの決定がなされている。
(4) google.co.jpにおいて、「ガスパリ」及び「ドーピング」で検索を行うと、ガスパリ社製サプリメント「SP250」を摂取した競技者がドーピング違反となったこと紹介するブログ記事が散見される。
(5) JADAの主張の結論⇒「申立人が「ANAVITE」を摂取した平成28年8月〜10月の時点において、ガスパリ社製のサプリメントの危険性について容易に確認できた状況にあったことは明らかであるところ、申立人は、このような容易に確認できる情報の確認を怠って、ガスパリ社製のサプリメントである「ANAVITE」を摂取していたことから、申立人に過誤又は過失があったといえることは明らかである。」
これが、JADAがアスリートに求めている注意義務の内容。
チーム推奨サプリメントを服用していてことが原因でドーピング検査陽性となったサンフレッチェ広島F.C千葉選手は資格停止処分(日本アンチ・ドーピング規律パネル)とはならず譴責となった。
しかし、寺崎選手は、「重大な過誤又は過失がない」とはされたが、「過誤又は過失」の程度は、千葉選手ほどには軽くなく、譴責とはならなかった。4か月の資格停止(日本スポーツ仲裁機構仲裁パネル)。
千葉選手と異なり、寺崎選手には「チーム推奨サプリメント」を提供ないし教示をしてくれる「チーム」は存在しなかった。
日本アンチ・ドーピング規律パネルの決定を見ているアスリートがどれだけいるのだろうか?
「SP250」に禁止物質が含まれていることを知ったとして、
(1) 「SP250」(パッケージに禁止物質が含まれている可能性があることを記載している)は、ガスパリニュートリション社(GaspariNutrtion)製である、
(2) ANAVITEもガスパリニュートリション社(GaspariNutrtion)製である、
(3) ANAVITEには禁止物質が含まれていることが記載されていないが、ガスパリニュートリション社(GaspariNutrtion)製であるから、「SP250」と同じように禁止物質が含まれていることを容易に確認できた、
と判断できるのだろうか。
そもそも、日本アンチ・ドーピング規律パネルの決定を読めという前に、JADAがガスパリニュートリション社(GaspariNutrtion)製の製品に対して、積極的な警告を発することは難しくないのに、どうして啓発活動をしてくれないのだろうか?
ちなみに、日本水泳連盟と日本山岳・スポーツクライミング協会は、寺?選手の仲裁判断後、ホームページでANAVITEに対する注意喚起をしている。
日本水泳連盟や日本山岳・スポーツクライミング協会ができるのだから、JADAが警告することだって難しくないと思うが・・・・。
JADAが、やるべきことをやり尽くしているにもかかわらず、なおアスリートが注意を怠ったと評価できるの?⇒法律家の一人としての私の「公平」の感性は、“NO”なのだけど。
これが、今のサプリメントの状況。
JADA認定商品のサプリメントがあるじゃないかという人もいるだろう。
これだって、検査の技術的な限界を考えれば100%安全とは言えない。
ちなみに、寺?選手も当初はJADA認定商品のサプリメントを摂取していたが、市販の商品に切り替えたのは、JADA認定商品のサプリメントは市販品よりはるかに「高い(高額)」という理由。
スポンサーがついてくれている一部のアスリートを除けば、経済的基盤が盤石でないのがアスリートの姿。アスリートを責めるだけで解決できるの?
寺?選手は、自身の強い精神力と鍛錬で、逆境を乗り越えて、勝利をつかんだ。
でも美談で終わらせるわけにはいかない。
このような苦しい思いを他のアスリートに強いたくはない。
これが、スポーツ法を担当する弁護士としての責任の果たし方。
NHKは、2017年10月7日のNEWS7で、「ドーピング サプリに“落とし穴” 冬季五輪前に講習会」を報道した。
サプリメントによるドーピング違反に警鐘をならした報道ではあったが、
(1) なぜ、アスリートがサプリメントに頼るのか、
(2) 海外製でない(国内製)のサプリメントならば摂取しても安全か、
という点についてはもっと掘り下げて欲しかったという感想だ。
問題点を指摘する前に、前進点を紹介する。
浅川JADA専務理事が、「JADAとしてはサプリの摂取は推奨していない。違反になれば、選手にとり、現役のピーク時を棒に振ることになる。バランスのよい食事とトレーニング、そして休養で競技力の向上を図るよう心がけてほしい。」とコメントしていることだ。
もっとはっきりと、「サプリメントに頼らずに、競技力は向上できるので、サプリメントは必要ない」と言ってもらえると、さらによかったのだが・・・。
サプリメントに頼る必要がないことを明言してくれたことは一歩前進。
その一方で、まだ問題を抱えている点が前記のとおり二つ。
問題点の一つは、「なぜアスリートがサプリメントを摂取しようと考えるか」という動機についての分析が不十分なことだ。
寺崎選手の場合は、スポーツ栄養学の講義などを通じて、サプリメントの有用性については、
○ スポーツにおける栄養は重要であること、
○ 微量栄養素等は日々の食事で取り込むのは難しいこと、
○ サプリメントを効果的に使っていくことが現実的であること、
を教えられていたため、安全なサプリメントを求めた。
この報道の中では、浅川JADA専務理事の「海外製は安く、ネットで気軽に買える。」「サプリのなかでも、安い海外製のものを使う傾向が増えている。」とのコメントが紹介されている。
これは間違いではないが、サプリメントを購入することが難しくないという理由にしか過ぎない。なぜ、アスリートは、サプリメントに頼ろうとするのかという積極的な動機を解明する必要がある。
私の個人の意見だが、
○ 微量栄養素等は日々の食事で取り込むのは難しい
○ ライバルや周囲のアスリートがサプリメントを摂取しているのに「自分だけサプリメントをとらないと後れをとるのでは・・・・」
というアスリートの「知識」と「心理」を克服することが必要だと思っている。
栄養学、特にアスリートに必要な栄養という視点からの科学的なアドバイスを広めることが必要だ。
問題点の二つ目は、現在のアスリートの大半に共通するサプリメントの安全に関する知識の誤りが払拭されていないことだ。
「現在のアスリートの大半に共通するサプリメントの安全に関する知識」とは、私は次の3点だと思っている。
第1点、安全なサプリメントと危険なサプリメントがある←これは真実だ。
第2点、安全なサプリメントと危険なサプリメントを見分けることが可能である←これは真実ではない。
第3点、安全なサプリメントと危険なサプリメントを見分けるために、十分な注意を払ってサプリメントを選ぶことが必要である←第2点が誤りであるため、これも真実ではない。
この誤りを払拭するために必要なコメントがない。
浅川JADA専務理事は、「海外製は禁止物質が入っている可能性が高い。しかし、海外製は安く、ネットで気軽に買える。違反になる事例があとを絶たない。」「サプリのなかでも、安い海外製のものを使う傾向が増えている。そこには禁止物質が入っている可能性が高い。」とコメントしている。
海外製サプリメントは禁止物質が入っている可能性が高いという点は正しいのだが、これだけだと、国内製のサプリメントは安全かのように受け止められる危険性がある。
「安心して摂取できるサプリメントは存在しない(全てのサプリメントはドーピング検査で陽性となる危険性がある)。」
と明言してほしかった。その上で、「海外製は禁止物質が入っている可能性が高い。」と続けるのはOK。
NHKの報道時のコメントでは、これまでのJADAの啓発活動と同じレベルで留まっている。
JADAのホームページ上の、サプリメントに関する記述は次のとおり。
○ 「一般薬やサプリメントの中には、禁止物質が含まれている製品がありますので、使用には十分注意するようにしてください。」
○ JADAは「個別のスポーツサプリメントのご相談を頂戴いたしますが、当機構は『禁止物質を含まないという保証はできない』としか回答申し上げることができないことを予めご了承ください。」
アスリートとしては、
「安心して摂取できるサプリメントは存在しない(全てのサプリメントはドーピング検査で陽性となる危険性がある)。」
という知識を与えられないまま、
○ 「表示成分は十分に確認してください。」とあることから、成分表示はチェックするにしても、
○ 「サプリメントは表示成分を確認しただけでは、安心できません。」とされているが、「安心」するための具体的方法は教示されておらず、
○ JADAに個々のサプリメントの安全性を問い合わせても、安全であるとの回答は得られない、
のであり、ドーピング検査陽性となるサプリメントという地雷が、どこに埋まっているか知る具体的な方法を知らされないまま、地雷原を歩かざるを得なかったのである。
繰り返しになるが、
「安心して摂取できるサプリメントは存在しない(全てのサプリメントはドーピング検査で陽性となる危険性がある)。」
が正しい知見であり、「『ドーピング検査陽性』という地雷を踏まないためには、サプリメントを摂取しないという道しかない」とJADAに明言してほしかった。
この点では、これまでのJADAの啓発活動と同じレベルで留まっており、サプリメント摂取により、「真面目に戦っている選手、不正をしていない選手が、不意打ちでドーピング違反とされる」ことを防止して、「真面目に闘っている選手を守る」というアンチ・ドーピングの目的を達成することはできない。
NHKの報道を契機に、日本のスポーツ界全体で解決を考えましょうよ。
不正を働いて、ズルをしようという選手を見逃さないということにより、真面目に闘っている選手を守る必要はもちろんあります。
同時に、真面目に戦っている選手、不正をしていない選手が、不意打ちでドーピング違反とされることがないような取り組みをすることで、真面目に闘っている選手を守るという視点も忘れてはならない。
「日本アンチ・ドーピング機構によりますと、去年、国内でドーピング違反となった5人はいずれもサプリに含まれた禁止物質が原因でした。」(NHK報道)が実情なのだから。
日本のアンチ・ドーピング活動の在り方をもう一度見直しませんか?
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○ 一つは、スポーツで事故は避けられない⇒恐れずにやり続けよう⇒事故を繰り返し、死亡や重大な後遺障害を残す子どもを生じる
○ もう一つは、そんな危ないことをしていたの⇒もうやめちゃおう⇒事故は繰り返さないが、子ども運動能力・危険回避能力を低下させる
こんな智恵のない対応はやめませんか?
シリーズで考えましょう。
第1回 安全にサッカーゴールを移動するには?
サッカーゴールの転倒事故を防ぐことは重要だということは御存じだと思いますが、次の質問に答えられますか?
あなたの学校のサッカーゴールの重さは? それ以前に、ゴールの素材がアルミか鉄か、知ってますか?
一人で重すぎるものを持ちきれないということは常識でわかるけれども、サッカーゴールの重量がわからなければ、「中学3年生男子をしてサッカーゴールを安全に運ばせるには何人の生徒が必要ですか?」との質問に答えようがないですよね。
ということは、この質問に答えられなかった学校の先生やスポーツ指導者の方が、子どもにサッカーゴールを運ばせるということは、危ういこと、安全かどうか誰もわからないことをさせているということになります。
それでは、サッカーゴールの重さを知っていると答えた方に質問しましょう。
2004年に強風で中学校のサッカーゴールが倒れて、2年生の生徒が死亡し、その後校長先生が自殺したという悲しい事件が起こった清水第六中学校のサッカーゴールは、鉄製で重量345kg(幅7.5m 高さ2.5m 奥行き1.9m)でした。
⇒事故の詳細はNPO法人Safe Kids Japanのホームページに
このサッカーゴールを「中学3年生男子をしてサッカーゴールを安全に運ばせるには何人の生徒が必要ですか?」
(1) 一人で重すぎるものを持ちきれないということは常識でわかる。
(2) サッカーゴールの重量もわかった。
(3) 次は、一人で安全に持ち上げる重さの限界がわからないといけない。
3つ目の点は、
第1に、重量物を扱うことで子どもの健康を害さないという目的で、一人にかかる負荷の最大値という点からの限界、
第2に、何人かが転倒したりしても、転倒した子どものところにサッカーゴールが落ちたりしないようにするための余裕=「安全係数」という点からの限界、
を考えなければなりません。
みなさんは答えられますか。
残念ながら私も、具体的なエビデンス(根拠)を持ち合わせていないので、答は持っていません。
ただ、仕事(労働)として、「中学3年生男子にサッカーゴールを安全に運ぶには何人の生徒が必要ですか?」という質問なら、どこから「違法となるか」という範囲では答えることは可能です(前提として労働基準法第56条第2項の児童労働の許可が必要ですが)。
使用者は18歳未満の者重量物取り扱いをさせていはならないとしており(労働基準法第62条)、16歳未満の場合で断続作業は、男性15kg、女性12kg以上の作業が重量物取り扱い作業に該当すると定められています(年少者労働基準規則第7条)。
ですから、中学3年生男子に345kgのサッカーゴールを運搬するには、全ての子どもに均等に荷重がかかると仮定しても、23人では一人15kg(345kg÷23人=15kg)となってしまいますから、重すぎるとして違法になります。
実際には、一人あたりにかかる荷重はバラツキが生じるでしょうから、適法に運べる人数ということであれば、バラツキの程度を考慮して24人でも足りず、さらに人数を増やす必要があります。
これは、重量物を持ち上げる限界という点からの規制です。
何人かが転んでも下敷きになる事故を防ぐことが可能かという視点からですと、さらに人数を増やしておく必要があります。
労働安全衛生であれば、基準があるのですが、学校での授業ということでは全くガイドラインがないのです。
国は、「教員等が指導した上で、安全に移動させることが可能な人数を集める」(文部科学省「学校施設における事故防止の留意点について」2009年3月)としていますが、学校の先生はどうしたら「安全に移動させることが可能な人数」を判断できるのでしょうか?だれか答えられる方はいらっしゃいますか?
学校の現場に「やれないこと」を「やれ」と言っているのではないでしょうか?
ここに学校における安全対策の根本的な欠陥があるというのが、一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センター、NPO法人Safe Kids Japan などが企画した「これで防げる学校体育・スポーツ事故 繰り返されるサッカーゴール転倒事故・組体操事故・ムカデ競走事故から子どもをまもる」(2017年8月27日実施)で提起されています。今後スポーツ庁や日本スポーツ振興センターがガイドラインを作ってくれると期待しています。
現在はまだ十分なエビデンスも科学的な検証に耐えるガイドラインもありません。
それまでは、サッカーゴールを移動しないという選択肢をとることはできないでしょうから、当面の暫定的な対応としては、学校においても労働安全衛生の基準は最低でもクリアすることをお勧めします。
]]>8月27日(日)シンポジウム「これで防げる 学校体育・スポーツ事故-繰り返されるサッカーゴール転倒事故・組体操事故・ムカデ競走事故から子どもをまもる」を開催します。
共 催
一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センター NPO法人Safe Kids Japan 早稲田大学法学部
後 援
スポーツ庁 国立研究開発法人産業技術総合研究所 独立行政法人スポーツ振興センター 全日本中学校校長会 公益財団法人日本中学校体育連盟 公益財団法人日本高等学校野球連盟 公益財団法人笹川スポーツ財団 日本教育法学会 日本スポーツ法学会 早稲田大学スポーツ科学学術院
協 力
国士舘大学法学部入澤研究室 日本体育大学体育学部体操研究室 桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部吉田研究室 富士市教育委員会 東京工業大学大学院情報理工学研究科情報環境学専攻宮崎研究室 川崎市立柿生中学校 板橋区立志村第四中学校 調布市立第三中学校
案内・申し込み方法は下記ホームページにアクセスしてください。
一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターのホームページからはこちらへ⇒
NPO法人Safe Kids Japanのホームページからはこちらへ⇒
学校管理下のスポーツ事故は、増加傾向にあるし、同じ事故が繰り返されている。
学校現場では、安全に注意しようと言われているが、具体的にどうしたら良いのかわからずに悩んでいる⇒「事故は会議室でおきているんじゃない!学校現場でおきているんだッ!!」
例えば、「サッカーゴール等重量のある移動式 の器具の移動時における事故を防止するため、教員等が指導した上で、安全に移動させることが可能な人数を集めることや、経路の安全性を事前に確認する等、配慮することが有効である。」(文部科学省『学校施設における事故防止の留意点について(平成21年3月)』より抜粋)と言われている。
Q1 平均的な体格の中学3年生男子生徒にあなたの子どもの中学校のサッカーゴールを移動させる場合、“安全に移動させることが可能な人数”とは何人ですか?
Q2 そもそも、前提として、あなたの子どもの中学校にあるサッカーゴールの重さを知ってますか?
Q3 移動式サッカーゴールの大きさは、FIFA(国際サッカー連盟)の規格に準じるものならば、幅8yds(7.23m)、高さ8ft(2.44m)ですが、奥行きはマチマチのはず。あなたの子どもの中学校にあるサッカーゴールの奥行きを知ってますか?
Q4 移動式サッカーゴールの素材は鉄かアルミが多いのですが、あなたの子どもの中学校のサッカーゴールは鉄製?アルミ製?
この4問すべてに正しく答えられた方。このシンポジウムに参加する前に、周囲の人に正しい知識を普及してください。
全問正解とはならなかった方。このシンポジウムに参加して具体的な事故防止方法を一緒に考えてみませんか。
さわりは、”季刊誌「ジュニアサッカーを応援しよう!」のオフィシャルサイト”をどうぞ。
「起こってからでは遅い『スポーツ事故』の問題。指導者・保護者が心得ておくべきこと」はこちらへ⇒
「熱中症、ゴールを移動する際の転倒、育成年代での過剰な指導…。“子どもの安全”を守るには、まず『大人が知ること』」はこちらへ⇒
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昨年の都立墨田工業高校事故については、2016年11月29日に「都立墨田工業高校競泳のスタート授業中の事故後の東京都教育委員会とスポーツ庁の対応は正しいのか」で意見を述べているところである。
今回は、鳥取県で起こった。鳥取県湯梨浜町立小学校での平成28年7月の事故である。各紙で報道されている。「湯梨浜町 プール事故」のキーワードで報道は検索可能なのでURLは紹介しないが、どのような事故が起こったのか、どうして事故は生じたのか、今湯梨浜町と鳥取県は何をしようとしているのか。直接報道で確認して欲しい。
事故の概要は、水深90cmで高さ36cmのスタート台がある、小学校用プールとしてはごく普通のプールで起こっている。小学校6年生女子児童が受傷。特徴的なのは、フラフープの輪を使っていること。
報道では、空中に掲げたのか、水面に浮かべたのか、さらにはその位置−空中に掲げたのであればスタート台からの距離と高さ、水面に浮かべたのであればスタート台からの距離−は当初の報道では不明であったが(このような肝心な部分があいまいな報道機関へのリリースとなっていること自体が、これが重要な点であることを知らないことを示しており、根の深い問題である。)、その後、水面に浮かべていたこと、プール端(スタート台側)からフラフープの輪の中心までが131cmであることが報じられている。
水面にフラフープの輪を浮かべたという事故の発生状況は、福岡市立多々良中学校の事案(「スポーツ障害・事故の法律側面の現状と課題」79頁【日本スポーツ法学会年報2号】1995年、朝日新聞1992年9月11日報道)と基本的に同一である。←いずれも20年以上前だなーーーー。
フラフープの輪を空中に掲げた事故であれば中野区立九中水泳部練習中事故(東京地裁平成13年5月30日判決、判例タイムズ1071号160頁)や広島市水泳大会前の早稲田小学校練習中の事故(広島地判平成9年3月31日、判決判例時報1632号100頁)がある。
競泳のスタート指導で、フラフープの輪が使われる場合があるが、使用者の意図している目的は、第1に入水地点が近すぎる危険性の除去、第2に入水時の抵抗を少なくする、のいずれかである。
泳者がスタート台からのスタートに恐怖心を抱くことで、スタート台を強く蹴り出せないことを是正する目的で使用される。スタート台を強く蹴り出せない場合には、結果として2つのパターンとなる。
一つが、入水時に頭部を下にした姿勢を取ることができないため、一点に入水することができない姿勢となること、いわゆる「腹打ち」と呼ばれる全身同時の入水である。泳者は入水時に水面に衝突する痛みを伴う。もう一つは、結果として、スタート台の近い場所に大きな入水角度で入水する(「腹打ち」にはならないので入水時の痛みはない)ことである。
両者共に、「少しでも早く遠くに到達する」ことを目的とする競泳のスタートとしては正しくなく、かつ、前者は痛みを伴い、後者は到達水深が深くなるため危険を伴う。
本件では、前者の「腹打ち」是正目的と報じられている。
「さじ加減」という言葉がある。最近では「手加減。手ごころ。」という意味で否定的に使われることが多いが、薬は、適正な使い方=「さじ加減」を誤ると、「薬」にならず、身体に悪影響を及ぼす原因となる。これが語源である。
競泳のスタート指導におけるフラフープの輪(湯梨浜町小学校)もデッキブラシの柄(墨田工業高校)も同じである。適正な使用方法であれば、有益な指導につながるが、「さじ加減」を誤り、適正でない使用方法になれば事故の原因になる。これが、都立墨田高等学校の事故の原因であり、湯梨浜町小学校の事故の原因である。
こんな科学的な知見は、二十年以上前から告知しているのに、どうして正しい「さじ加減」ができないのか。「さじ加減」を誤るのか。
答は簡単である。教員に知識を与える側の教員養成機関ないし教育行政側自身が知らないから、教員に正しい知識を提供することができない。
それでは、教員養成機関ないし教育行政側が正しい知識を持つためにはどうするか。文部科学省あるいはスポーツ庁の責務だと思うのだが・・・・・。
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新年あけましておめでとうございます。
2016年も残りわずかとなった12月20日。日本アンチ・ドーピング規律パネル(以下「規律パネル」といいます。)は、私が担当していた事件の当事者である千葉和彦選手(サンフレッチェ広島F.C)をけん責処分とする決定をしました。
この決定は、処分であり、制裁を科すものです。しかし、私は、規律パネルが、千葉選手には落ち度がなかったと判断したと理解しています。2年間の資格停止が原則とされている「特定物質」(定義は後で解説します。)に対するドーピング違反に対する審理で、規律パネルが、「けん責」の決定をしたことは、同時に、千葉選手には、資格停止を科すべき落ち度がないことを示した内容なのです。この決定により、千葉選手に対する2016年10月21日からの暫定的資格停止の処分も自動的に失効しました。
私にとっては、うれしい年末のプレゼントでした。
規律パネルは、これから書面により理由を公開するという段階ですが、審理の過程に照らして理由の内容は推測できますので、早期に、この決定の意義を明らかにしておくべきであると考えました(注:2017年1月6日、1月14日追加)。
(注)1月6日規律パネルは、理由を含めた全文の決定を発表し、1月13日には、JADAホームページでこの決定を公開しました。これで、私の解説の基礎となる決定原文を読者の方々が確認できるようになりました。私は、本文書を決定書(理由書)受領前に作成しておりますが、決定理由は推測していたとおりで、本文の結論及び理由について変更する部分はありません。決定理由を受け取っての私の思いと考えは、本文書の末尾に追記しました。規律パネル決定書は、JADA規程14.3.4に基づき1か月間JADAホームページに掲載されます(その後は削除されます)。
初日の出を見ながらこの報告を書き出して、先ほど脱稿できました。本当の仕事始めです(^0^)。
急いで解説をしなければならないと思ったのは、千葉選手の名誉の回復の目的です。千葉選手は意図的なドーピングをしていないだけでなく、選手として可能な注意を尽くしていたという点で、落ち度を見いだせないのです。事情を知らないと、「けん責にしろ処分を受けたのだろう」「千葉選手もガードが甘かったのだ」と受け止める人がいてもおかしくありません。ここは、正確に事実関係を理解してもらう必要がある、千葉選手の名誉を回復しないといけないという思いです。
正確に理解してもらうためには、長文とならざるを得ませんが、しばしお時間をお貸しください。
私が千葉選手に降りかかった災難を知ったのは2016年10月27日の新聞報道です。当時各紙で報道されました。報道の要点は、
(1) 2016年9月25日の明治安田生命J1リーグ2ndステージ第13節サンフレッチェ対レッズ戦後のドーピング検査で、千葉選手から採取された尿検体から「メチルヘキサンアミン」が検出された、
(2) JADAは千葉選手に対し、10月21日、違反が疑われる分析報告及び違反が行われた旨の主張に関する通知並びに暫定的資格停止に関する通知をした、 というものでした。
日本アンチ・ドービング規程(2016年)では、世界アンチ・ドーピング機構が定める禁止物質の中の「特定物質」(定義は後で解説します。)が検出された場合には、最初の違反であっても(千葉選手はこれまで違反行為はありませんでしたので、今回が最初となります)、原則2年間・最大4年間の資格停止です。
私自身は、
(1) 日本におけるWADA認証検査機関(LSIメディエンス)とJADAの検査手続に対しては高い信頼性があると信じていますので、陽性反応が出ている以上何らかの方法で、尿検体にメチルヘキサンアミンが入っていたのは事実だろう、
(2) 検出された物質が興奮剤の一つであるメチルヘキサンアミンであることに照らして意図的な摂取ではないだろう(この理由は後に述べます。)、
(3) スポーツ選手が選手として活動できる期間は一般的な仕事の就労可能期間ほどには長くないことと千葉選手がプロスポーツ選手であることを考えると、千葉選手には年単位での資格停止というような重大な不利益を受けなければいけないほどの落ち度があったのだろうか、
と思いながら、報道を読んでいました。
それから数日後、思いがけず、私は、同僚の大橋卓生弁護士と共に、千葉選手の権利を守る手続にかかわることになりました。ドーピング違反に対する制裁処分は、JADAから独立をしているJADA規律パネルで審理され決定されます(注)。規律パネルは選手を含めた関係者の聴聞手続を開催しますので、ここが代理人のたたかいの場となります。
(注)規律パネルは、日本アンチ・ドーピング機構の所管でしたが、2015年4月から、日本スポーツ振興センターに移管されました。規律パネルは、より中立性の高い手続きが求められるため、日本アンチ・ドーピング機構から分離され独立性を強化しています。
日本では、2010年にパワーリフティングの選手がサプリメントに含まれていたメチルヘキサンアミンによる陽性の結果で2年の資格停止になっている先例があります(当時と2016年とで制裁の内容と期間についてJADA規程が異なっています)。
全く身に覚えがないという千葉選手。チームスタッフも千葉選手がドーピングをするとは考えられないと一様に語ります。
尿検体にメチルヘキサンアミンが含まれていた事実を前提とするならば、千葉選手は、
? 「過誤又は過失がない」として「資格停止期間は取りされる」(日本アンチ・ドービング規程第10.4項)、
あるいは、
? 「重大な過誤又は過失がない」として「資格停止期間は、競技者又はその他の人の過誤の程度により、最短で資格停止期間を伴わない譴責とし、最長で2年間の資格停止期間とする」(規程第10.5.1項)、
という結果を得られなければ、パワーリフティングの選手の事案と同様に最低でも原則の2年間の資格停止処分を受けることになります。
「過誤又は過失がない」あるいは「重大な過誤又は過失がない」の立証に成功しない場合に千葉選手が受ける不利益の重大さを考えると、私自身もきびしい2か月間でした。
最初に、メチルヘキサンアミンがどんな物質かを紹介しましょう。独立行政法人国立健康・栄養研究所のホームページでは、「DMAA, ジメチルアミルアミン、 Dimethylamylamine, 1,3-Dimethylamylamine, Methylhexanamine, 4-methyl-2-hexanamine, Forthane」は、「メチルヘキサナミン、ジェラナミン、ホルサン、ホルタン等とも呼ばれる化学物質。」とされ、
「ゼラニウム植物油由来の”天然成分”と宣伝されている場合があるが、そのような事実は確認されていない。俗に『ダイエットによい』『運動能力向上によい』『筋肉増強によい』等と言われているが、ヒトでの有効性については十分な情報が見当たらない。当初、鼻充血抑制薬として開発されたが、ダイエットや筋肉増強等を目的としたサプリメントとしての利用において、心臓血管系の重大な有害事象が発生した。そのため、海外ではサプリメントや食品への使用禁止並びに注意喚起情報が出されている。日本においても、厚生労働省が情報提供の事務連絡を出している。」
と説明されています。
2012年6月28日付厚生労働省医薬品食品局食品安全部基準審査課「ジメチルアミルアミン(DMAA)を含むいわゆる健康食品の取り扱いについて」との事務連絡では、
「今般、ジメチルアミルアミン(DMAA)を含むいわゆる健康食品について、豪州で当該物質を検出した製品の回取を求めている旨、また、米国で安全性に関する根拠が示されていないとして警告が行われている旨の情報を入手しました。当該物質は、高血圧、心臓発作、嘔吐等を誘発する可能性があるとされ、因果関係は確立されていないものの、豪州で2件、米国で42件の健康被害(心疾患、神経系疾患、精神系疾患及び死亡)が報告されています。現在、当該物質を含む製品は健康食品として取り扱われていますが、豪州等において食品として取り扱うことが適切か否か検討されており、その動向も見つつ判断する必要があります。」
と健康への悪影響の可能性が警告され、「心臓血管系に重大な有害事象を起こす懸念があるため、経口摂取はおそらく危険である。」と評価されています。一方、有効性は確認されていないため、現在では医薬品の原材料とはされていません。
このような物質ですから、意図的な摂取、すなわち、興奮剤を意図的に使用する場合であっても、あえてメチルヘキサンアミンを選択すること自体が考えにくいのです。実際、過去のメチルヘキサンアミン陽性事案のほとんどがサプリメントにメチルヘキサンアミンが混入していたことを知らずに摂取したという事案です。
次に、サッカー選手の場合には、そもそも興奮剤を使用して選手としてのパフォーマンスが向上するのかという問題です。
メチルヘキサンアミンは興奮効果があるとされています。興奮剤が禁止物質とされている理由は一般的に、一時的な集中力の向上、痛み・恐怖の緩和等の効用があり、これらの効果を得る目的で使用するとされています。
しかし、サッカーは、パフォーマンスを持続的に維持して、延長戦がなくても90分間という長時間走り続け、その走行距離は9〜10kmにもなるという競技です。競技の特性上、メチルヘキサンアミンが、客観的にサッカー選手のパフォーマンスを高めるという効果があるとは考えにくいのです。
2015年のWADA規程の変更に伴い、JADA規程も変更され、ドーピング違反とされる物質は、その性格により、「特定物質」と「非特定物質」とに分けられ、メチルヘキサンアミンは制裁が軽い「特定物質」に分類されています。
分かり易さを優先して説明すれば、「特定物質」とは意図的に摂取することは稀であり、意図せず、うっかり摂取することが多い物質です(注)。メチルヘキサンアミンはこの「特定物質」です。
(注)JADA規程では、特定物質は、「その他のドーピング物質と比べ重要性が低い、又は危険性が低いと判断されるべきではない。むしろ、これらの物質は、単に、競技力向上以外の目的のために競技者により摂取される可能性が高いというに過ぎない。」と解説されています(規程第4.2.2項の解説)。
「特定物質」については、JADAが、当該アンチ・ドーピング規程違反が意図的であった旨立証できた場合(JADAの立証責任)以外は、競技者が意図的に摂取したとはされず、原則2年の資格停止となります(規程第10.2.1.2項)。「非特定物質」が、JADAは意図的な摂取との立証責任を負わず、資格停止期間が原則4年となるのと異なるところです。
私たちが、千葉選手の代理人に就任した段階では、
(1) 千葉選手が尿検体にメチルヘキサンアミンが存在した事実を争うのか、
(2) JADAが「競技者が意図的に摂取した」との主張立証をするか否か、
はいずれも明らかになっていませんでした。
代理人の予想としては、
(1) JADAの検体採取後の管理・移送の厳格性及び検査機関(LSIメディエンス)の信頼性が高いことに照らして、千葉選手が尿検体にメチルヘキサンアミンが存在した事実は争わないであろう、
(2) メチルヘキサンアミンの性格上、JADAが「(千葉選手が)意図的に摂取した」との主張はしないだろう、
と予想していました。その後、前2点の予想は、誤っていなかったことが明らかになりました。
争点は、千葉選手の尿検体にメチルヘキサンアミンが存在したことを前提として、これについて、千葉選手に「過誤又は過失がない」あるいは「重大な過誤又は過失がない」の立証に成功するか否かに絞られます。
「過誤又は過失がない」あるいは「重大な過誤又は過失がない」の意味は、日本語としての一般的な理解ではなく、JADA規程で明確に次のとおり定められています(規程、附属文書1 定義)。
「過誤又は過失がないこと」
競技者又はその他の人が禁止物質若しくは禁止方法の使用若しくは投与を受けたこと、又はその他のアンチ・ドーピング規程に違反したことについて、自己が知らず又は推測もせず、かつ最高度の注意をもってしても合理的には知り得ず、推測もできなかったであろう旨を当該競技者が証明した場合をいう。18歳未満の者の場合を除き、第2.1項の違反につき、競技者は禁止物質がどのように自らの体内に入ったかについても証明しなければならない。
「重大な過誤又は過失がない」
競技者又はその他の人が、事情を総合的に勘案し、過誤又は過失がないことの基準を考慮するにあたり、アンチ・ドーピング規程違反との関連において、当該競技者又はその他の人の過誤又は過失が重大なものではなかった旨を証明した場合をいう。18歳未満の者の場合を除き、第2.1項の違反につき、競技者は禁止物質がどのように自らの体内に入ったかについても証明しなければならない。
「過誤又は過失がない」あるいは「重大な過誤又は過失がない」というためには、いずれも、競技者が「禁止物質がどのように自らの体内に入ったかについて」証明することが必要です。
私たちが受任した段階では、千葉選手の尿検体にメチルヘキサンアミンが存在した原因は明らかになっていませんでした。
一般に、ドーピング検査において陽性反応が出た場合には、意図的な摂取以外で禁止物質が体内に入った経路として、最初に、治療薬あるいはサプリメント等を疑います。過去の事例においても、製造者が、信頼性が十分でない海外の会社であり、その成分についても禁止物質が含まれているか否かの確認が困難なサプリメントを、インターネット経由等で、個人で購入して摂取したことが陽性反応の原因となったケースは少なくありません。
これまでメチルヘキサンアミンが問題となったケースの多くは、サプリメントにメチルヘキサンアミンが混入していた事案でしたから、最初に検討対象に上がるのは、千葉選手が摂取していたサプリメントです。
千葉選手個人もサンフレッチェ広島F.Cも共に、アンチ・ドーピングに関して十分な知識を有しており、対策を講じていました。千葉選手は、チームが推奨するサプリメント(以下「チーム推奨サプリメント」といいます。)以外には摂取しておらず、しかも、このサプリメントに対する疑いは基本的に解消していました。
チーム推奨サプリメントを信頼した理由は次のような事情がありました。
第1が、製造元メーカーに対する信頼があったことです。これまで禁止物質に汚染(注)されたサプリメントが禁止物質が体内に入った原因となった事例の多くは、必ずしも信用性が高くないメーカーにより製造されたサプリメントです。
(注)「汚染製品」とは、製品ラベル及び合理的なインターネット上の検索により入手可能な情報において開示されていない禁止物質を含む製品をいう(規程、附属文書1 定義)。
チーム推奨サプリメントのメーカーは、「FDA(米国食品医薬品局)にライセンスされ、政府機関への納入権利を持つ、全米最大の天然ビタミン製造メーカーです。」と紹介されていました。
それだけでなく、このメーカーは、実際にFDAの認可を受けていました。
第2は、チーム推奨サプリメントの表示です。
成分表示に禁止物質は含まれていません。さらに、パッケージには、「この製品はドーピング規定に違反する成分は一切使用していません」との明示的な表示さえありました。
「この製品はドーピング規定に違反する成分は一切使用していません」との明示的な表示があるサプリメントは多くはありません。社会的な信用ある会社が、「この製品はドーピング規定に違反する成分は一切使用していません」との明示的な表示をする以上、メーカー側で禁止物質が含まれているか否かの検査を実施した上で、禁止物質が含まれていることを確認していると思わせる表示です。
第3は、上記2点に加えて、
(1) チームが輸入販売業者を通じてメーカーに対して、再三、チーム推奨サプリメントに禁止物質が含まれていないこと及び禁止物質に汚染されていないことを問合せ、メーカーから禁止物質は含まれていないし、汚染もされていないとの回答を得ていた事実、
(2) チームは選手に対し、(1)の確認手続を経た上で、禁止物質が含まれていないサプリメントとして使用を推奨していた事実です。
ちなみに、千葉選手の尿検体にメチルヘキサンアミンが存在したことがわかった後にも、チームはメーカーに対して複数回同じ確認をしましたが、メーカーは毅然として、サプリメントへのメチルヘキサンアミンの混入は否定しておりました。
千葉選手は、アンチ・ドーピングについて十分な知識を有していたため、サプリメントに関しては、このようにチームが安全を確認したサプリメントだけを使用していました。 ドーピング検査を受ける際には、尿検体採取前1週間の間に使用した医薬品及びサプリメントを申告する手続となっています。千葉選手は、チーム推奨サプリメントに禁止物質が含まれているなどと考えておりませんので、チーム推奨サプリメントを使用していることを申告しています。
第4は、1993年以降、サンフレッチェ広島F.Cは、チーム推奨サプリメントを選手に推奨しており、チーム推奨サプリメントを使用していた選手は、千葉選手以外にもドーピング検査を受けております。しかし、ドーピング検査でメチルヘキサンアミン陽性の結果は一度もありません。
メチルヘキサンアミンは2016年に初めて禁止物質となったものではありません。かねてから禁止物質であったにもかかわらず(注)、チーム推奨サプリメントを使用した選手からはこれまで一度も陽性反応が出ていませんでした。
(注)世界アンチ・ドーピング機構が定める禁止表には、2010年からメチルヘキサンアミンが記載されていますが、それ以前からも禁止物質とされています。2009年以前は、「すべての興奮薬(関連した物質のD体及びL体光学異性体も含めて)は禁止される。」(2009年禁止表)とされている興奮薬に該当しています。2009年まで具体的な成分名がWADA禁止表に掲載されず、2010年から掲載された事情は、メチルヘキサンアミンが医薬品としては使用されていないことから具体的な名称を掲げる必要性が少なかったが、2000年後半に特定のサプリメントにメチルヘキサンアミンが含まれていたために陽性反応となるケースが続発したためであり、新たに禁止物質として追加されたものではありません。
この4点の理由は、説明を受けた私にとっても十分に説得的でした。とりわけ、4点目の理由は、チーム推奨サプリメントを使用していた選手のドーピング検査を通じて、日本で唯一のWADA認証検査機関であるLSIメディエンスによって、チーム推奨サプリメントに禁止物質が含まれていなかったとの検査結果を得ていたことと同一であるからです。
サンフレッチェ広島F.Cのチームドクターの寛田司医師は、私が担当した我那覇選手(当時川崎フロンターレ所属)がカゼで脱水症状となった時に、医師から点滴による補液治療を受けたことをドーピング違反として6試合出場停止としたJリーグの制裁の取り消しを求めたCAS事件の際に、Jリーグチームドクターの総意としてこの制裁が誤っているとの意見を述べてくれた頼もしい医師です。寛田医師も私たちと同じく、チーム推奨サプリメント以外が原因となって、尿検体にメチルヘキサンアミンが存在したという意見でした。
私たちが受任するまでの千葉選手と寛田医師との作業で、「怪しい」とされたのが千葉選手が使用していたボディーローション等でした。
メチルヘキサンアミンは、一般にゼラニウム植物に含まれていると言われています。2015年には、市販されているお茶の一つが、原料として使用しているハーブの中に「ゼラニウム」があったことから、このお茶を飲むとドーピング違反になるのではないかという問題が生じたこともありました。このお茶に関しては、メーカーが「本商品及びゼラニウム由来香料を分析し、いずれもメチルヘキサンアミンは検出されないことを確認しております(検出限界10ppb=0.000001%)。」との公式コメントを発表して、騒ぎが治まったという経過もありました。
ゼラニウムを原材料とする化粧品や食品は稀有ではありません。ゼラニウムにメチルヘキサンアミンが含まれているかという点に関しては、国立健康・栄養研究所が、「ゼラニウム植物油由来の”天然成分”と宣伝されている場合があるが、そのような事実は確認されていない。」と指摘するとおり疑問がありましたが、化粧品等では、逆に「天然植物由来の成分」としてメチルヘキサンアミンを使用しているケースが想定されました。
そこで、サンフレッチェ広島F.Cの選手の中で、千葉選手だけが使用しているボディーローション等を検討したのです。
使用しているボディーローションの成分が尿検体にでるという経路は、経皮的にボディーローションの成分が吸収され体内に入る、あるいは、皮膚についていたボディーローション成分が尿検体採取時に尿検体に混入するという2つが考えられました。
前者の経皮的な吸収の問題は、これまでのメチルヘキサンアミン陽性となった事案でも争点となっていました。今回の件で特徴的だったのは、千葉選手の検体採取手続が、私たちがJADAから従前説明されていた方法とは異なっていた点です。
尿検体の検体採取手順は、選手への検査通告があってから尿検体を検尿カップに入れて蓋をするまでの間は、検査通告後最初の尿であること確保し、かつ、尿検体に異物が混入することを防ぐために、選手には様々な制約があります。選手には、検体採取前にシャワーを浴びることは原則として許されていません。もちろん、体にボディーローションを含むあらゆる物質を塗布することも同様に許されません。検体採取前に手を洗う場合でも石けんを使用しない、尿以外の物質の混入を避けるために採尿カップの内側には触れてはならないという厳格な手続を取るとされています。
ところが千葉選手の検体採取では、選手への検査通告があってから尿検体を検尿カップに入れるまでの間に、
(1) シャンプーや石けんも使用してシャワーを浴び、
(2) その後ボディーローション等を塗布し、
(3) 採尿カップの内側に指を触れてしまったのですが、採尿カップを交換することなく検査を続行したというのです(注)。これには、私たちも驚きました。JADAの検査手続は、ホームページで動画で紹介されています。
(注)ドーピング・コントロールオフィサーは、千葉選手が採尿カップの内側に指を触れた事実は確認していないというのがJADAの調査結果であり、事実関係について当事者の主張は一致していません。
シャワーや飲食物の摂取については、世界アンチ・ドーピング規程の「検査及びドーピング捜査に関する国際基準( ISTI ) 」第5.4.1項及び附属規程で定められています。ここでは、不正の防止という視点での定め方ですが、ドーピング・コントロールオフィサーの研修などでは、シャワーは禁止、採尿カップの内側に指を触れてしまった場合には採尿カップを交換するという指導がなされています。
上記JADAによるドーピング・コントロールオフィサーに対する指導が厳守されていなかったことが適切かという点はともかく、不正の防止という視点での規程ですから、この指導を守っていないことを選手が有利に主張すること、この指導が守られていなかったことだけを理由として検査手続の違法無効を主張することはできませんが、異物の混入の可能性の主張の間接的な事実とはなります。←事実この主張はしました。
「検査及びドーピング捜査に関する国際基準( ISTI ) 」
第5.4.1項 a)〜f)は略
g) 競技者が検体の提出に先立って食事又は飲料を摂取する場合には、当該競技者は自らの責任で摂取するべきこと;
h) 適切な検体が提出されるのが遅延するおそれがあるため、過度な水分補給を避けること;
並びに
i) 検体採取要員に競技者により提出された尿検体はすべて、通告の後に競技者から排尿された最初の尿であるべきこと、すなわち、シャワー中又はその他検体採取要員に対する検体の提出に先立って排尿してはならないこと。
「付属文書 D −尿検体の採取 (Collection of Urine Samples ) 」
D.4.7 DCO/シャペロンは、実行可能な場合には、競技者が検体の提出の前に両手を十分に洗浄するか、又は検体の提出の間適切な手袋(例えば、ゴム手袋)をはめることを確実にする。
このような検査手続であれば、ボディーローション等に含まれていたメチルヘキサンアミンが体内に経皮的に吸収されるか否かという以前に、皮膚に塗布されたボディーローションの中のメチルヘキサンアミンが、検体採取手続の中で尿検体に混入する可能性がありました。
ドーピング・コントロールにおいては、尿検体に禁止物質があること自体がドーピング違反となります(規程第2.1項)。これは、尿検体採取から検査を担当するWADA認証検査機関(日本ではLSIメディエンス)に持ち込まれるまでWADAが定める厳格な手続が遵守されるために、<尿検体に禁止物質が存在する>ことから<体内に禁止物質が存在する>ことが強く推認されるからです。
ところがこの検査手続の厳格性が揺らぐと、<尿検体に禁止物質が存在する>≠<体内に禁止物質が存在する>ことになるのです。
第1回聴聞会では、千葉選手は、
(1) 尿検体中にメチルヘキサンアミンが存在した事実は争わない、
(2) チーム推奨サプリメントを持参し、摂取していたサプリメントはこれのみであり、メチルヘキサンアミンの経口摂取につながるようなサプリメントは使用しておらず、尿検体に含まれていたメチルヘキサンアミンは、経口摂取したサプリメント等に含まれていたものではない、
(3) 尿検体に含まれていたメチルヘキサンアミンは、第1に、体内に存在していたものではなく、検体採取手続の過程で尿検体に混入したものであること、第2に、仮に体内に存在していたものであるとすると皮膚に塗布したボディーローション等に含まれていたメチルヘキサンアミンが経皮吸収されたものであること、
を主張し、以上の理由から、千葉選手には「過誤又は過失がない」あるいは「重大な過誤又は過失がない」に該当し、資格停止処分を科さない、処分が科されるとしても、けん責として資格停止は科されない、あるいは、資格停止期間は短縮される処分となると主張したのです。
そして、この主張を立証するために、千葉選手は、使用していたボディーローション等9点を聴聞会の場に持参し、JADAを通じてLSIメディエンスで、これらにメチルヘキサンアミンが含まれているか否かの成分分析を希望しました。JADAは、千葉選手の調査希望に協力をすることとなり、聴聞の続行期日が決まりました。
同時に、経皮的な吸収の有無についての文献を検索し、該当する文献としていくつかを入手しましたが、証拠としては十分な内容ではありませんでした。メチルヘキサンアミンは、前記のとおり、健康被害が予想されている物質であり、人体を対象とした正式な実験を行うことは倫理的にハードルが高く、規律パネルの審理に間に合う可能性はありません。寛田先生から詳細は聞いておりませんが、寛田先生自身が被験者となってこの点を立証するための実験を同時に進めていたということです。
千葉選手が使用していたボディーローション等9点のLSIメディエンスによる分析が行われました。2週間ほどの時間を要しましたが、検査結果は全てメチルヘキサンアミン陰性でした。
この報告を受けた時には、私は、正直「参ったなー」という気持でした。
そもそも、「競技者は禁止物質がどのように自らの体内に入ったかについても証明しなければならない。」という要件をクリアしないと、「過誤又は過失がない」あるいは「重大な過誤又は過失がない」に該当しないので、「処分をしない」あるいは「処分の軽減」という結論は得られません。
さらに、メチルヘキサンアミンが体内に入った経路が特定されないということは、千葉選手が本件での処分後に競技に復帰しても、どこでドーピング違反とされるかわからない「地雷原」を、「地雷」がどこにあるかがわからないまま歩かざるを得ないというひどい結果になってしまいます。
当初の、方針を見なおすしかありません。
しかし、追加で疑わしいものをいろいろ探したのですが、残ったのはマウスガード洗浄剤のみでした。そこで、マウスガード洗浄剤の検査をLSIメディエンスに依頼することとなり、再依頼するなら念のためにということでチーム推奨サプリメントも同時に検査依頼をしました。
この第2弾の検査依頼の検査結果でマウスガード洗浄剤は陰性。ところが、確認のために検査依頼したチーム推奨サプリメントからメチルヘキサンアミンが検出されたのです。
「よかった」というのが第一声。
でも、どうして?チーム推奨サプリメントにメチルヘキサンアミンが含まれていたなら、これまで同じサプリメントを使用していた選手はどうして陽性にならなかったのか?
理論的には、<これまで同じサプリメントを使用していた選手は陽性にならなかった>という事実の証明の射程距離は、「WADA認証検査機関による安全性の認証」テスト時点(過去にドーピング検査を受けた時点で使用していたサプリメントと同一ロットの商品の範囲)という時的な限界があります。
すなわち、過去の検査で陽性とならなかった事実は、
? 過去の検査時点の検出技術、
? 過去の検査時点のサプリメントに含まれる成分、
においては、陽性と判定されるレベルで禁止物質が含まれていないことが証明されているに過ぎません。その後の事情の変更により、同一商品が陽性と判定される可能性は否定されないのです。
過去において陽性反応がでなかったにもかかわらず、その後の検査で陽性反応が認められる場合としては、一般論としては以下のような要因が指摘されます。
第1に、従前の検査時点でも禁止物質が含まれていたが、検査技術の限界で、検出不可能な量でしかなかったが、その後の検査検査技術の進歩により、過去においては検出できなかった禁止物質が検出可能となったため、陽性反応となる可能性です。この点は、サプリメント摂取の量、サプリメントを摂取してから尿検体採取までの時間が異なることにより、メチルヘキサンアミンの尿中への排出量が変わるという要因も関係しています。
第2に、製品の原材料の変更あるいは製造方法の変更(製造ラインが異なる場合も含みます)等により、同一商品でありながら、過去は禁止物質による汚染はなかったが、現在では汚染されている可能性です。
しかし、一般的にはこのような可能性が高いとして、サプリメントを使用するたびに、当該サプリメントが製造されたのと同一ロットの商品に最新の検査技術での検査で禁止物質が含まれていないことを確認した上で使用する等ということは行われていません。本件においても同様です。このような時的限界のリスクは、日本アンチ・ドーピング機構認定商品であっても同じです。
本件ではこのような稀な可能性が、現実化したのです。その原因は、前記理由のいずれか、あるいは、それらが複合したということになります。ドーピング禁止物質という伏兵はどこにいるかわからないというのが本音です。
証明の時的限界まで考慮して、安全性が証明されていると言えるサプリメントはあるのでしょうか?この点を考慮すると、日本アンチ・ドーピング機構認定商品でさえも、証明の時的限界はあると思います。そう考えると、チーム推奨サプリメントを摂取していたサンフレッチェ広島F.Cの選手のみならず、現在サプリメントを使用している全アスリートが千葉選手と同様にこれまでにいつ陽性反応がででも不思議ではないリスクを抱えていた、これからも抱えているということになります。
このような経過ですから、私たちでさえ信用したチーム推奨サプリメントを、千葉選手が摂取したことを非難することは、無理を強いることにほかなりません。
この第2弾の検査依頼の検査結果でチーム推奨サプリメントからメチルヘキサンアミンが検出されたことの第一声は、「よかった」=うれしいでしたが、第二声は、「これで無過失は消えた」=がっかりでした。
JADA規程は、「『過誤又は過失がないこと』は、次の場合には適用されない。」として、
「(a) ビタミンや栄養補助食品の誤った表記や汚染が原因となって検査結果が陽性になった場合(競技者は自らが摂取する物に関して責任を負う(第2.1.1項)とともに、サプリメントの汚染の可能性に関しては競技者に対して既に注意喚起がなされている。)。」(規程第10.4項の解説)
とされています。
この規程は、チーム推奨サプリメントが汚染されていたことが、千葉選手の体内にメチルヘキサンアミンが入った原因である場合には、千葉選手がどんなにドーピング違反にならないように注意を払っていたことを立証しても、結果責任として「過誤又は過失」が肯定されることを明らかにしています。すなわち、「過誤又は過失がない」ことは認められないのです。
続行のJADA規律パネル聴聞会では、千葉選手は従前の主張を撤回し、チーム推奨サプリメントにメチルヘキサンアミンが混入していたことが、千葉選手の尿検体からメチルヘキサンアミンが検出された原因であり、千葉選手には過誤又は過失がない、あるいは、重大な過誤又は過失がないと主張し、JADAもこの点に関する千葉選手の主張立証に対する積極的な反証はしませんでした。
JADA規律パネルの結論及び結論から推測される判断理由は、
(1) チーム推奨サプリメントにメチルヘキサンアミンが混入していたため、このサプリメントを摂取した千葉選手の尿検体からメチルヘキサンアミンが検出された(千葉選手は体内へのメチルヘキサンアミンの侵入経路の立証に成功)、
(2) (1)は「ビタミンや栄養補助食品の誤った表記や汚染が原因となって検査結果が陽性になった場合」であるから、千葉選手がどんなにドーピング違反にならないように注意を払っていても結果責任として「過誤又は過失」が認められる(不満ではあるが、JADA規程第10.4.1項の規程上やむをえない判断)、
(3) 千葉選手の「過誤又は過失」の程度は、「重大な過誤又は過失がない」に該当する(千葉選手の立証が成功)、
(4) (3)の場合には、「最短で資格停止期間を伴わない譴責とし、最長で2 年間の資格停止期間」の制裁となる(JADA規程のとおり)、
(5) 規律パネルは、千葉選手の過誤の内容に照らして、最短である「資格停止期間を伴わない譴責」の制裁を科し、規律パネル決定と同時に千葉選手に対する2016年10月21日からの暫定的資格停止の処分も自動的に失効する(注)。
(注) 「「暫定的資格停止」とは、第8 条の規定にしたがって開催される聴聞会において終局的な判断が下されるまで、競技者又はその他の人による競技会への参加又は活動が暫定的に禁止されることをいう。」(規程附属文書1 定義)
との結論となったものです(千葉選手の主張・立証が成功)。
さて、ここまでが本件の顛末であり、
○ 千葉選手がどんなに注意を払っていたのか、
○ 千葉選手がけん責処分を受けたのは、サプリメントの汚染の場合には、「過誤又は過失がないこと」の主張・立証を許さないというJADA規程のためであり、千葉選手に落ち度があったことを示すものではない、 ことを御理解いただけたと思います。
せっかくここまで説明をしてきましたので、今後のアンチ・ドーピング活動の上で本事案が示す二つの重要な問題を指摘しておきます。
第1の問題点は、チームと選手は何をしたら良いの?という点です。
私の目から見ても、サンフレッチェ広島F.Cのアンチ・ドーピング活動は、日本の競技団体あるいはスポーツ団体に比較しても十分評価できると考えていますが、結果として本件のような事案になっています。WADA規程の側で対応してくれるまでは、現状のドーピング・コントロールを前提としてできることを考える必要があります。
この事件を前提とする限り、完璧にドーピング違反とならない方法としては、
○ サプリメントは一切摂取しないという選択、
○ 最新の禁止リストに照らして禁止物質が含まれていないことが確認された商品と原材料や製造工程が同一で、汚染の可能性のない商品(検査による証明の時的限界を超えない範囲で製造された商品)に限定するという選択、
のいずれかしかありません。
次善の方法としては、使用するサプリメントは、日本アンチ・ドーピング機構認定商品のサプリメントに限定するという方法になります。これが次善となるのは、検査による証明の時的限界を超えない範囲で製造された商品としての保証が十分でない可能性があるからです。しかし、チームや選手個人が同じ検査をした場合で、検査による証明の時的限界を超えたために汚染があった場合に比べれば、ドーピング違反として制裁する機関であるJADA自身が安全と保証している商品という点で、これを使用してドーピング違反として制裁を科すのは禁反言の原則の主張が可能という点で差異があります。
「ここまでやるの」という声が聞こえそうですが、弁護士としての立場で、「安心なのは?」と聞かれるとこの範囲でしか回答できません。
このような窮屈な制度としないための対策はいくつか考えられますが、例示すると次のとおりです。
一つは、チームや競技者が安心して摂取可能なサプリメントの認証システムをJADAの関与下で設けることです。JADAの関与ある認証システムがポイントで、認証システムの限界から生じる陽性反応は、競技者側に不利益な扱いとしないことにするためには、JADAの関与が欠かせません。⇒日本アンチ・ドーピング機構認定商品とはどう違うの?という意見があろうかと思います。日本アンチ・ドーピング機構認定商品と同一の結果を狙っているという点では違いがありません。しかし、日本アンチ・ドーピング機構認定商品が4メーカーに限定され、その後新規認定メーカーがでていないことに疑問を感じていませんか?事実上の新規参入障壁があるのが難点で、これをクリアしたいという提案です。
もう一つは、禁止物質を現在の「特定物質」と「非特定物質」とに分けてコントロールしている現在の類型化を細分化する方法です。これは、松本泰介弁護士から教えられたアイデアですが、競技力の向上を目的とする禁止物質の使用をコントロール使用という目的ならば制裁の可否及び制裁の重さを細分化可能という発想です。
例えば、β遮断剤は、落ち着かせる効用ですから射撃、アーチェリー等の特定の競技の競技会検査のみでの禁止物質とされています。これを拡張させると、一定の競技においては競技力の向上があるとして禁止物質となるが、他の競技では競技力の向上としては効用がゼロとは言えないものの、この効用を狙った意図的ドーピングが考えにくい競技について、意図的ドーピングが考えられる競技とは異なる取り扱いをするという方法です。具体的には、
○ 全競技において「特定物質」とされる禁止物質、
に加えて、
○ 一定の競技においてのみ「特定物質」とされる禁止物質という新たな分類をつくるという方法です。以下では、説明の便宜上「特定物質(特定競技)」と仮に呼びます。
特定物質(特定競技)の効果としては、
○ 特定の競技においては「特定物質」となるが、
○ この競技以外の他の競技では、意図的使用でないことの立証がなされればドーピング違反としないという扱いです。
このような方法は、本件のようにサッカー選手が競技力の向上を意図して興奮剤を使用することが考えにくい場合の汚染サプリメントなどによる陽性反応から選手を救済する方法が残ります。本件と同じような事案を想定すると、選手側が意図的使用でないことを立証すれば制裁を科されないという結論を導くことが可能です。しかも、この方法では、特定物質(特定競技)を意図して使用するであろう競技における、同物質を使用するドーピング違反を逃すことも防げると思います。
第2の問題点は、ボディーローション等の経皮的吸収が考えられる商品の使用に伴い、ドーピング違反とされる危険性についての研究と啓発です。
医薬品の経皮的な吸収によるドーピング検査陽性事案は、私も承知しているところです。ラグビーの山中選手事案は、競技力の向上目的とは思えないのですが、ヒゲを蓄える目的で男性ホルモン(禁止物質)を含む塗り薬を使用してしまい、経皮的に禁止物質が体内に吸収され、尿検体が陽性反応を示したことから、2年間(現在の規程でしたら4年間になります)の制裁を受けている気の毒な事案です。
千葉選手の場合には、当初、ボディーローションに禁止物質が含まれていて、これが経皮吸収したことが疑われました。
医薬品以外のボディーローション等からの禁止物質の経皮的吸収の問題は、私としてはこれまで考えたことがなかったのですが、本事件で過去の事例を検索したところ、これまでも様々な国・競技で問題になっていることがわかりました。
過去の事例では、いずれも経皮的吸収により体内に入った場合に尿中に排出されると考えられる禁止物質の量に比較して、現実のドーピング検査により尿中に確認された禁止物質の量が多量であるために、塗布された禁止物質が経皮的吸収がされて陽性反応となったという因果関係は否定されていますが、経皮的吸収自体が否定されているものではありません。
これまで、ボディーローション等からの経皮的吸収の問題は重要視されていなかったのですが、本件を契機に、ボディーローション等に含まれる禁止物質の経皮的な吸収、あるいは、ボディーローション等を顔に塗布する場合には、口唇に触れることで経口摂取と同様の結果になる可能性に対する対策を講じることが重要であることが判明しました。
どうするか?まずは、化粧品等の皮膚に塗布することが想定されている商品の成分が経皮的に吸収される可能性、あるいは、顔等に塗布した際に口唇に触れることで体内に入る可能性について研究をし、可能性がある場合には、警告を発する等必要な啓発をすることです。
さらに、チームや選手の段階では、禁止物質に精通をしているスポーツファーマシストにより使用しているボディーローション等に禁止物質が含まれていないことを確認することは直ちに行うべきです。
アンチ・ドーピング活動の目的の一つは、競技の公正性を担保することでアスリートを守るという目的です。
そのために、不正を働いて、ズルをしようという選手を見逃さないということにより、真面目に闘っている選手を守る必要があります。このためには、競技者に厳格責任を負わせて、意図していなかったという口実でドーピング違反をすり抜けようとする逃げ道を断つことは必要です。
しかし、一方で、真面目に戦っている選手、不正をしていない選手が、不意打ちでドーピング違反とされることがないような取り組みをすることで、真面目に闘っている選手を守るという視点も忘れてはなりません。
規律パネルの聴聞会やJSAA審問の場で、私が選手代理人として、JADAスタッフの方々とは違うテーブルに座っているのは、アンチ・ドーピングをめざすという目的が違うからではありません。JADA側は「逃げ道」をつくらせないという側から、選手側の私は不正をしていない選手が不意打ちでドーピング違反とされることを防止するという側から、それぞれアンチ・ドーピング活動の上記2つの柱の両立を目指しているというだけの違いです。
アンチ・ドーピング活動の2つの柱の両立を目指すという共通の目的のために、アンチ・ドーピング活動にかかわる人々全てが力を合わせて、議論を尽くし、よりよいアンチ・ドーピング活動としたいと思っております。
これを今年の課題の一つとして行きたいと思っています。
【1月14日規律パネル決定(全文)を受けとっての追記】
規律パネル決定は、
「本件FCの一連の行為(決定書のその前の部分で判示されている部分であり、要約すると、?チームが本件サプリメントの推奨に先立って、製造業者への問い合わせやチームドクターによる確認等の措置を講じ、?チーム所属選手らに対し、サプリメントを摂取する場合には、本件FCが推奨したものを服用するよう要請し、?本件サプリメントについても本件FCが各選手らに代わって一括購入の手続を行った)は、あくまでも本件の競技者をはじめとするチーム所属選手をドーピング規則違反から守るために企図され実施されてきたものであると認められるところ、かかる本件FCの(チームドクターも含めた)積極的な関与を踏まえてもなお、サプリメントの取得はチーム所属選手の自己責任であると突き放すには、厳格責任を謳う本規程の趣旨を踏まえてもなお躊躇を覚えるところである。」
と判断し、
「以上の点も勘案すると、上記のとおり、競技者には過誤又は過失がないと認めることはできないものの、重大な過誤又は過失はなかったと認めることができる。」
と結論を述べています。
この決定理由は、千葉選手に落ち度がなかったとの私の指摘と共通する内容であり、かつ、ドーピング・コントロールにおける厳格責任による処分の正当性の限界についての優れた洞察であり、今後のドーピング・コントロールにおいて、活かされるべき普遍性をもっていると思っています。
2015年からは、非特定物質に関する違反は原則2年の資格停止処分が4年に拡張されています。
刑法では、故意犯と過失犯を明確に分けています。故意で他人を死亡させた場合には死刑や無期懲役刑もありますが、過失の場合には有期懲役が最高刑です。
スポーツの世界では、トップアスリートとして活動できる期間が、生涯の特定の期間であることを考えると、4年間の資格停止は、選手生命を絶つ処分となりえます。
意図的な、しかも国家ぐるみでのドーピング違反が存在している以上、意図的なドーピング違反に対して、厳罰をもって望むために、選手に厳格責任を負わせる理由は理解できます。
しかし、あくまでも、不正を働いて、ズルをしようという選手を見逃さないということにより、真面目に闘っている選手を守る必要があり、そのために意図していなかったという口実でドーピング違反をすり抜けようとする逃げ道を断つ目的に必要な範囲で、「故意」=意図的使用が立証できなくても、競技者に「故意」と同等の責任を負わすことが、厳格責任の正当化理由であり、「過失」によるドーピング違反の可罰性が「故意」=意図的なドーピング違反の可罰性と同一であるとの理由ではないはずです。
とりわけ、現状の「重大な過誤・過失」の先例(その多くは、2015年のJADA規程改定前の事案で、争いは2年を短縮するか否かが争点)をもって、機械的に、2015年以降の「原則4年の資格停止」のJADA規程解釈に適用させることは再考がいるのではないでしょうか。
アンチ・ドーピングにかかわる人々皆で考えていきたいと思います。
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私は、この報道を見て、反応しなければと思ったが、その後1週間の間に担当している3本の講演の準備があり、11月末締め切りの原稿もかかえていたので、せめて原稿を脱稿してからと思っていた。
ところが、昨日(2016年11月28日)は産経新聞の記事が・・・。「泳げない大人 学校がつくる」【にっぽん再構築第5部?】だ。
これは急がないと!依頼原稿を脱稿しないまま、これを書き出した。←編集担当者の方、しばしご猶予を(m_m)。
「泳げない大人 学校がつくる」【にっぽん再構築第5部?】は、記事の冒頭、都立墨田工業高校で2016年7月に起こったプール飛び込み事故を紹介している。産経新聞の事案のまとめは、「約1メートルの高さのデッキブラシを越えて飛び込むように体育教師から指示された3年の男子生徒が水深1.1メートルのプールの底に頭を打って大けがを負った」。そして、記事は続いてコメントを掲載する。「『考えられない指導法だ』。日本スイミングクラブ協会専務理事の渋谷俊一氏は憤りをあらわにする。」
<この事故時の指導方法は正しくない>この指摘には同意する。しかし、渋谷氏が、どのような意味で「考えられない指導法」と述べられたのかの前後の状況はわからない。この記事のコメントが一人歩きして誤解を招いてはいけない。これが締め切り間近の原稿執筆中断の契機になった。
<競泳のスタートダッシュの練習の際に、前方空中に棒等の目標をかざして、それを越えるスタート練習方法>は、過去の水泳基本書で紹介されている。詳細は、日本水泳連盟編「公認水泳コーチ用水泳コーチ教本」(第3版)472頁(私の執筆部分)で紹介をしている。詳細はこちらに譲るが、要点だけ紹介すると、この練習方法は、
〇浅見俊雄外「現代体育・スポーツ大系第14巻」42頁(講談社。1984年)では、上級者がパイクスタートを練習する方法として、
〇末光智広「シリーズ絵で見るスポーツ?・スイミング」60頁(ベースボールマガジン社。1991年)では、初心者がスタート地点に近い場所に急な角度で飛び込むことを是正する指導方法として、
それぞれ紹介されている。
目的は異なるが、<競泳のスタートダッシュの練習の際に、前方空中に棒等の目標をかざして、それを越えるスタート練習方法>という点では共通であり、スタートダッシュの練習で、前方空中に「デッキブラシ」を用いて目標とし、それを越えるスタート練習を、そのやり方を問わずに全て非常識な練習方法とするのは正しくない。
このようなスタート練習を行う場合には、近くに深く飛び込むという危険以外の別な危険が生じる点で注意が必要である。末光智広「シリーズ絵で見るスポーツ?・スイミング」では、
(1) 第1段階の補助者をつかった練習の後の、第2段階の練習であること、
(2) この練習方法では、到達水深が深くなるため、スタート台は使用せずプールサイドからの練習と図示されていること、
(3) 棒の位置は、垂直方向ではスタート地点と大きな差異のない高さとし(都立墨田工業高校の事故ではスタート地点から1mの高さ)、水平方向ではスタート地点からそう遠くない前方(都立墨田工業高校の事故ではスタート地点から1m前方)と図示されていること、
(4) 泳者が棒に身体の一部が接触することを気にして、入水角度が大きくなることを回避するために「棒は単なる目標であって、泳者がスタートをした後はすぐに下ろす」こと(都立墨田工業高校の事故ではこのような配慮がなされたとの報道はない)、
(5) 入水角度が深くなり到達水深も深くなる可能性があるため、「水深が約2m以上あるプールで行う」こと(都立墨田工業高校の事故では事故地点の水深は1.1m)、
が明記されている。
スタートダッシュの練習で、前方空中に「デッキブラシ」を目標としてかざして、それを越えるスタート練習方法自体が誤っているものではない。問題は、初心者に対してこのような練習方法を採用する場合には、どのような施設でどのような指導上の留意をすべきなのかという点が置き去りにされて、「見よう見まね」で行われているということである。
私は、この事故時の指導担当教員が誰かは知らないし、会ったこともないだろう。だが、指導熱心な教員だろうと想像している。中途半端な知識で指導した点は評価できないが、生徒にどうしたらスタートダッシュを修得させることができるのか、試行錯誤した結果だったと思う。このような悩みを抱かなければ、試行錯誤することなく、スタートダッシュが修得できるか否かに関心を示さず、授業を行うという道を選ぶのは容易である。
スポーツに伴う事故が発生し、その再発防止を考えるときに二つの意見の対立が生じる。
一つは、「猪突猛進型」の意見である。「スポーツは危険を内在しており、スポーツに伴う事故を皆無にすることは不可能である」という理由から、「事故を回避できなくてもやむを得ない」と評価し、対策としては「恐れずチェレンジしよう」ということになり、事故を繰り返す。指導者に見られがちな意見である。
もう一つは、「石橋叩いても渡らず型」の意見である。スポーツ事故が生じると、当該スポーツは「事故が生じるような危険なこと」という評価をし、「そんな危ないことは止めてしまえ」と、スポーツ活動自体を否定する意見である。施設管理者の側に見られがちな傾向である。公園で安全性に欠ける遊具を原因とした事故が発生した時に、個々の遊具の安全性を検討しないまま、公園の遊具を全廃するというような対応は、正にこの立場である。
私は、安全性に欠ける施設を学校に設置して、この施設を使用してけがをすることなく安全なスポーツを行うことを子どもと教員に強制することは「無理」であり、この「無理」で事故を予防できるとすることは「無知」であるとかねてから警鐘を鳴らしてきた。
イメージするために平均台で考えてみよう。サーカスの練習ならばともかく、学校において高さが2mある平均台を使ったら、転落事故が容易に予想されるため「非常識」であると評価することに異論はないであろう。学校体育の授業では、平均台は主に平衡感覚を養う目的で使用されるものであり、数十cmの高さが一般的である。体操競技で使用する平均台でも高さは1.2mである。
学校において高さが2mの平均台を用いて、そこから子どもが落ちてけがをしたら、落ちた子どもの不注意である、あるいは、指導した教員の指導方法が正しくない等という判断をするのは誤りである。
学校教育で使用するのに適切な高さ数十cmの平均台を使用するのが事故を予防する解決方法である。
高さが数十cmの平均台であっても、事故は皆無にはならない。その意味で「絶対的な安全性」は有していないが、生じる事故の頻度・重大性と平均台を使用した教育との均衡を考慮して、高さが数十cmの平均台を用いることは「許された危険」として容認される。
そもそも、学校プールで競泳のスタートで事故が多発している原因は、文部省が昭和41年に示した「水泳プールの建設と管理の手びき」にある。これは、私の2015年6月17日の「プールでの事故予防と紛争を深刻化させないための対策」で紹介をしているので、ここでは重ねては述べない。
昭和30年代までの日本の競泳用プールは、(1)プールスタート台直下ないしその付近を最深水深とし、(2)最浅水深でさえ1.5m程度あり、(3)プールの総数自体も少なかったため、プールにおける競泳のスタートにおいて水底に頭部を衝突させるという事故は稀であった。
日本の教育行政は、昭和40年代(今から50年前)に、全国の学校にプールを普及させるという方針を採用して、「水泳プールの建設と管理の手びき」を作成した。当時の競泳プールの実態は上記のとおりであり、スタートで水底に衝突する事故は稀有であったため、「水泳プールの建設と管理の手びき」では、
第1に、水深を浅くするも、スタート事故を考えることなくスタート台を残し、かつ、水深が浅いにもかかわらず競泳のスタートをするに適したプールと扱い、
第2に、建築費を低額に抑えるため、スタート台直下の水深が最も浅く、プールの中央部分を最も深くする(スタートの飛び込み事故防止という点では最も適さない)構造を採用したのである。
文部科学省及びスポーツ庁の先輩職員は、意図したわけではないとしても、上記の誤りから、プールでのスタート事故を量産する教育行政を推進してしまった。当時の職員たちが、現在の状況を振り替えれば、誤りが正されることは歓迎しても、誤りを隠蔽することを望んでいるとは思えない。誤りを正す仕事は、現在の職員の責務である。
文部科学省は、2008年、中学校学習指導要領を改訂し、中学校の体育の授業においては、水泳の授業では、「スタートについては、安全の確保が重要となることから、「水中からのスタート」を取り上げる」とした(中学校学習指導要領80頁)。
中学校には、日本水泳連盟公認規則が定める水深(スタート台前方6mの水深が1.35m以上)であるプールは稀にしか設置されていない。文部科学省は、この現状を直視し、中学校においてはプールでの競泳のスタートとしてスタート台ないしプールサイドから飛び込むことによる水底への衝突事故を防止するには水深が十分でないことを正面から認め、事故を回避するための措置を講じた。しかし、その対応は「石橋叩いても渡らず型」の対応であり、「止めてしまおう」であった。
この文部科学省の対応は、「石橋叩いても渡らず型」という点で誤っているが、それでも重大事故を回避するという機能は果たすはずであり、中学校においては2008年以降プールでの飛び込み事故がなくなるはずであった。しかし、現実には、2010年及び2011年には、2000年の6倍の飛び込み事故が発生するという皮肉な状況が生じており、文部科学省の指導要領の改訂の趣旨は現場に届いていないことが明らかとなった。
一方、文部科学省は、高校においてはスタート指導は従前どおり行うとした。高校でも、水泳連盟公認規則を満たすプールは稀であることは中学と変わりないが、対応は「猪突猛進型」であり、「恐れずチャレンジしよう」であり、スタート事故が繰り返されるのは明らかであった。
施設の改修は、予算の上での限界もある。この点については、森浩寿「諸外国におけるプール水深基準の検討」(季刊教育法135号72〜75頁)で紹介されている海外の対応が注目される。私の意見は、1年間に3か月程度しか使用できない屋外プールを、競泳におけるスタートを安全に行える構造で多くの学校に設置するのは非効率である。代わりに、通年で使用できる社会教育施設として、競泳のスタートも行える多目的な用途に対応できる安全な屋内プールを設置し、複数の学校でスタート練習に関してはこのプールを共同で使用し、かつ、学校体育のみならず生涯スポーツ施設としても利用できる状態をめざすのが、最も効率的で現実的な解決方法だと考え、提言してきた。
本来あるべきスポーツ行政・体育行政としては、危険な施設を安全な施設に改修し、スタートを含めた水泳指導を可能とすることである。ところが、教育行政の選んだ道は、「石橋叩いても渡らず型」(中学校)あるいは「猪突猛進型」(高校)である。東京都教育委員会は、今回、高校でも「石橋叩いても渡らず型」の対応を選択したのである。
危険な施設しかない現状では、緊急避難的な対応として「石橋叩いても渡らず型」の対応以外ないという点は理解している。しかし、あくまで、緊急避難の範囲で正当化されるに留まる。行政の責務は、緊急避難的対応で満足することなく、危険な施設を安全な施設に改修し、スタートを含めた水泳指導を可能とすることである。
ところで、産経新聞の記事では、スポーツ庁のコメントも掲載されている。「もともと水泳授業は安全指導の域であり、必ず50メートルを泳げるようにしなければ、というものではない」(スポーツ庁政策課学校体育室)。このコメントも前後の分脈がわからないので、その本意は不明であるが、学校体育で競泳のスタートを不要とする趣旨ならば、これまで、浅いプールでのスタートの危険性が指摘されているにもかかわらず、学校におけるスタート指導を必要としていた従前の文部科学省の立場をどうして変更するのか、また、その理由を明らかにする説明責任はあるのではないか。
水泳連盟にも期待したい。水泳競技の普及と競技力の向上にとって、「石橋叩いても渡らず型」の対応は有害であるが、同時に、「猪突猛進型」の対応も有害である。
2016年11月17日の「スポートピア(日本経済新聞)」では、背泳メダリストの寺川綾が「五輪プール新設に安堵」のタイトルで次の一文を寄せている。
「選手としてはプールの水深が気になる。辰巳はプールの両端が最深2m,中央部は同3m.国際規格だが、最近の世界選手権、五輪はプール底に可動式のカメラが設置される。私は背泳ぎ専門なのでほとんど気にならないが、飛び込んでスタートする選手は怖いのではないだろうか。日本では普段、水深1.5mくらいのプールで練習することも珍しくないが、スタート台から飛び込んで顔をプール底に打って出血騒ぎになる選手も珍しくない。」
世界のトップスイマーのような練習を重ねてきた者でさえ、事故の危険がある。トップスイマーがスタートダッシュの練習をするプールより水深が浅い学校プールで、それも水泳の技量でトップスイマーと比較するまでもない競泳の初心者が、スタートを練習することの危険性は明らかである。
この危険性を正面から受け止めて、予算上の配慮もしながら、安全な施設に改修する道を選択することが求められているのではないだろうか。
「石橋叩いても渡らず型」からも「猪突猛進型」からも脱却する科学の視点が求められている。
追加情報です。本文に加えるのを失念していました。
(1) 文部科学大臣も高等学校での水泳授業でスタートを行うかを再検討中と答弁しています。⇒東京新聞2016年11月22日
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また、同じような事故で犠牲者が出た。
報じられているプールの水深は、水底への衝突場所で1.1mしかない。
スタート台は使用していないというものの、安全なスタート指導について習熟した指導者でない限り、このような浅い水深で安全な競泳のスタート練習を行うのは相当な困難を伴う。
まして、この事故時の指導方法は到達水深が深くなるリスクが高い指導方法である。
この事故は、「保健体育の男性教諭(43)がスタート位置から1m離れたプールサイドで、足元から高さ約1mの水面上にデッキブラシの柄を横に掲げ、生徒に柄を越えて飛び込むよう指示。生徒は指示通り飛び込み、水深1.1mのプールの底に頭を打ち付け、救急搬送された。」(前記東京新聞報道)という事故態様である。東京新聞に掲載された事故時の状況図は下記のとおりである。
私は、日本水泳連盟編「水泳コーチ教本」(第3版)472頁で、第2版(471頁)に引き続き、競泳でのスタート練習で到達水深が深くなる練習方法として、下記のような図を示して、注意を喚起していた。
さらに、2016年8月号の月刊水泳(日本水泳連盟機関誌)において、競泳でのスタート事故が学校において生じている例が多い現状について、「スイミングクラブと異なり、学校では必ずしも水泳指導に関して専門教育を受けていない教員が指導せざるをえないという環境下で、水泳でのスタートにおける頭頚部損傷事故は多発した。」と指摘した。
そもそも、こんなに浅いプールで、学校の授業で、教員が生徒に安全にスタート練習をすることを求めるのは、教員にも生徒にも無理を強いることでしかない。
加えて、正しい知識を伴わないままの競泳でのスタート練習が行われている現状は、安全の点からも水泳競技の普及・競技力の向上の点からも憂慮される。
すでに、東京都教育委員会は、平成12〜13年に、プールでの飛びこみ事故予防の点では、全国の中で先進的な取り組みをしてきたが、もう一度原点に立ち戻って、プールでの飛び込み事故予防に取り組んでほしい。
これ以上悲しい思いをする生徒と家族を生まないために。
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