暴力の根絶を目指す上で学校での運動部活動は教育の一環であるからスポーツ一般とは区別して考えるべき?
2013.03.31 Sunday
昨日は、「スポーツ界から「暴力指導」の根絶を〜〜決意を示し、改革への共同をよびかけるつどい」に参加してきました。
学校の先生の参加が多かったようで、現場で、「子どもに考えさせる」「児童生徒の自主性を尊重する」という教育実践の報告がある一方で、運動部活動のあり方に対する長年の思いを述べる発言がありました。
長年の思いとしては理解できないわけではないのですが、暴力の根絶との関係でどこまで掘り下げて、長年の思いを述べているのか、疑問に思う発言もありました。
昨日は聞き手に回るつもりでしたが、
(1) 「勝利至上主義」「競技志向」「チャンピオンシップ」が暴力の原因だという意見、
(2) 暴力の根絶を目指す上で、学校での運動部活動は、教育の一環であって、スポーツ一般とは区別して考えるという意見
は、容認できないとして発言をしてしまいました。
(1)の勝利至上主義の点は、3月28日のブログでふれているところです。
(2)の運動部活動の位置付けの点は、先日の日本体育協会の指導者講習でも、教育研究者から、学校においては、スポーツではなく体育としてとらえている点が暴力の問題の原因ではないかという、昨日の「集い」の発言者とは180度方向が違うのですが、発言もあり気になっていました。
運動部活動は教育の一環であるしスポーツでもある。教育の理念からは暴力は容認されないし、スポーツの理念からも暴力は否定される。
運動部活動の位置付けについて、あるべき論から議論をすることを否定するつもりはないが、ことスポーツ活動における暴力を根絶するたたかいにおいて、このような区別をする意味はないし、このような区別が必要だという議論は、論点を混乱させることになるので有害というのが私の意見です。
私のような発想をされる方は少なかったようです。いずれしかるべき時に議論して整理できれば良いのですが・・・・。
学校の先生の参加が多かったようで、現場で、「子どもに考えさせる」「児童生徒の自主性を尊重する」という教育実践の報告がある一方で、運動部活動のあり方に対する長年の思いを述べる発言がありました。
長年の思いとしては理解できないわけではないのですが、暴力の根絶との関係でどこまで掘り下げて、長年の思いを述べているのか、疑問に思う発言もありました。
昨日は聞き手に回るつもりでしたが、
(1) 「勝利至上主義」「競技志向」「チャンピオンシップ」が暴力の原因だという意見、
(2) 暴力の根絶を目指す上で、学校での運動部活動は、教育の一環であって、スポーツ一般とは区別して考えるという意見
は、容認できないとして発言をしてしまいました。
(1)の勝利至上主義の点は、3月28日のブログでふれているところです。
(2)の運動部活動の位置付けの点は、先日の日本体育協会の指導者講習でも、教育研究者から、学校においては、スポーツではなく体育としてとらえている点が暴力の問題の原因ではないかという、昨日の「集い」の発言者とは180度方向が違うのですが、発言もあり気になっていました。
運動部活動は教育の一環であるしスポーツでもある。教育の理念からは暴力は容認されないし、スポーツの理念からも暴力は否定される。
運動部活動の位置付けについて、あるべき論から議論をすることを否定するつもりはないが、ことスポーツ活動における暴力を根絶するたたかいにおいて、このような区別をする意味はないし、このような区別が必要だという議論は、論点を混乱させることになるので有害というのが私の意見です。
私のような発想をされる方は少なかったようです。いずれしかるべき時に議論して整理できれば良いのですが・・・・。