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@虎ノ門協同法律事務所
感謝!!
  七生養護学校の先生や保護者の皆さんの事件では、私は直接代理人ではありません。それでも、このような寄せ書きをいただきました。





 私は、この事件と根を一つとする「東京都教育委員会の障がい児教育の攻撃の一貫としての元都立七生養護学校校長に対する降格・懲戒処分を取り消した判決」の原告代理人でした。

 弁護士の仕事をしていて、依頼者から感謝をされることは本当にうれしいことです。原告と原告の支持者のみなさんの心遣いに本当に感謝です。

 事務所の相談室に寄せ書きをしばし置かせていただきます。

 このような細かい気遣いができる先生たちだから児童・生徒たちの心をつかめるのですよね。

 話は変わりますが、昨日は、第二東京弁護士会スポーツ法政策研究会でした。今治市の小学校でサッカーボールが道路に出たことで生じた事件がテーマでした。私のスタンスは、危険な施設を使用せざるをえない状況で、教師に安全に指導をしろというのは誤りである、あるいは、危険な施設を使用せざるをえない状況で、児童・生徒に事故を回避する義務を科すのは誤りである。私は、このような視点で発言をしています。教師や児童・生徒に無理難題を押しつけているのが現在の教育行政ではないでしょうか。

 児童・生徒のことを本当に考えると、教師の方々に児童・生徒と接する時間を保障してあげることが大事なのではないのでしょうか?

 「児童・生徒のために」というキーワードでは、否定できる仕事はありません。でも、教師だって、1日は24時間しかありませんし、1週間は7日しかありません。その中で、重要度を判断して「児童・生徒のために」必要なことを優先順位をつけて、優先順位が低い仕事を切り捨てても、児童・生徒と接する時間を確保することが必要なのではないでしょうか?

 「報告を教育委員会に上げさせることよりも重要なことがあるのでは?」という視点に立ってもらいたいと思います。

 報告を求めることは必要です。でも、教育委員会の免責のために報告を求めるという姿勢ではなく、教師のできる仕事量を考えて、本当に必要な報告を厳選して欲しいというのが私の希望です。

 各自治体の教育委員会、とりわけ東京都教育委員会には考えて欲しいと思っています。
posted by koichi | 22:34 | 障がい児教育 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポーツドクターのみなさんへのおたずね
 スポニチは7月5日、以下の報道をしています。

見出し⇒「水泳帽で躍動!磐田の“鉄人”桜内、緊急搬送2日後にフル出場 」

 本文⇒「(略)DF桜内は“鉄人”だった。2日の紅白戦で、MF井波と激突。横たわったまま頭部から血を流し、左手親指を脱臼して救急車で搬送された。それからわずか 2日後。「戦える気持ちがあったので監督にぶつけた」。ホチキスで傷口を止め4針縫った頭部と左手にテーピングを施し、水泳帽で固定してピッチに立った。

  すると前半11分、右サイドから決定機を演出した。「ピッチに立った以上は逃げるプレーはしたくなかった」。MF松井にボールを預けると、ペナルティーエ リア内へ侵入。右足を振り抜いた。同31分にもライナー性の惜しいクロスを送った。前半とは一転、劣勢に回った後半にはCKから同点に追いつかれたが、最後まで走り抜いた。

 今季はチーム内で唯一、全節にフル出場中。無尽のスタミナを蓄えるために、夜9〜10時の間には就寝するのが日課 だ。「上(J1)に行くためには一番大事な時期」。前半戦最後の試合をこう位置づけていた男は、出番に穴をあけなかった。下位相手に苦い結果で終わった が、個人で不屈の精神は見せた。」

 ちなみに7月2日の試合をスポニチは次のとおり報じています。

見出し⇒「磐田にアクシデント…紅白戦で3人負傷 桜内は頭部強打、救急搬送」

本文⇒「磐田イレブンに2日、アクシデントが襲った。4日のホーム熊本戦に向けて紅白戦を開始した直後だった。今季チームで唯一全試合フル出場中のDF桜内がMF井波と競り合い、頭部を強打。さらに倒れる際に左手の親指も脱臼した。

  顔面上部に血腫ができた井波は自らの足で練習場を引き揚げたが、桜内は横たわったまま動かず。その後大久保グラウンド内に救急車が入り、浜松市内の病院へ と搬送された。さらに再開後にはDF藤田が接触で歯を強打し離脱。藤田は試合出場に問題がない見込みだが、続けざまに3人が負傷し、練習場は異様な空気に 包まれた。

 病院へ同行したスタッフから連絡を受けた加藤久GM(59)によると、桜内の意識は「クリアで問題はない」状態だという。検 査結果は3日にも判明する予定だ。チームきっての運動量と身体能力の高さを誇り、右サイドバックながら5月31日徳島戦から3戦連続弾もマーク。攻守で欠 かせない主力となっていた。離脱後の紅白戦の代役はDF駒野やDF小川らが務めた。」

 脳振盪の危険性に警告を発しているラグビーやアメフトのチームドクターや医・科学委員会のメンバーの常識とは乖離した対応のように思えるのですが・・・・

 これを「美談」として見過ごすことはできないのではないでしょうか?

 Jリーグのチームドクターのみなさんの間ではどんな議論になっているのでしょうか?
posted by koichi | 08:30 | スポーツ | comments(0) | trackbacks(0) |
市民マラソンフォーラム2015
パネルディスカッションの22日前にE-mailでパネリストとして参加して欲しいと要請があり、ちょっと逡巡したのですが、6月20〜21日に、東大で開催された「市民マラソンフォーラム2015」にシンポジストとして参加してきました。



 参加し
ようかどうかまよったのですが、その際に考慮した事情。

(1) もう2か月以上週末に満足に休めていない!!←パスしたいなーー。

(2) 日本スポーツ法学会2代前の会長である森川貞夫先生の紹介←不義理がしずらいな?

(3) かねてから交流のある小出監督がパネラーを受けているのに私がでるのに断るのもなー←これも不義理がしずらい?

(4) 弘山晴美さん、松本翔さんのようなランナーの意見が聞けるのは貴重だなー←これは聞きたい!!

(5) 一発選考にできない要は、競技団体のマネージメントの在り方なんだから、川口さんのようなテレビコンテンツの制作現場の意見を聞けるのは貴重だなー←これは聞きたい!!

 主催者のお一人のお考えは、一発選考は無理だという前提で、複数大会での相対評価指標を確立するということが重要だとの内容でした。

 私の意見はちょっと異なりました。現状が満足できる者でない点は共通。しかし、一発選考は難しくないし、一発選考にすべきだというのが第1提案、主催者の提案は私の第2提案というところです。

 代表選考にあたって考えるべき要素は次のとおりです

第1 個人競技もチーム競技にも共通な要素

1 選考基準の明確化・透明性
 (1) 選考基準の事前の公開
 (2) 基準の明確化 : 直近の大会を重視するのか次のオリンピックを見据えるのか

2 公正なジャッジ←ハンドボールの「中東の笛」は許さない

第2 個人競技に固有な要素

1 本番と可能な限り同じ条件での選考(一発選考が原則)

2 複数の選手選考大会を総合的に考慮せざるをえないならば、本番と可能な限り同じ条件下とした場合のタイムの換算化方法を事前に明示して、これを前提として、アスリートにどの大会を選択するかを選択させる方法

第3 チーム競技

 多層的な選考での公正さの確保⇒(例)‖緝輯篤、強化委員会、M事会

 マーケッティングの件で言えば、代表選考と全く関係ない、しかも全国区でさえない(単なる関東の大学だけ)で競っている箱根駅伝があれだけ視聴率を取れます。

 一部は代表選考と関係ある東京マラソンですが、視聴率の点から、代表選考の大会の一つであることがどれだけ視聴率に影響を与えているのでしょうか。

 要は、競技団体のマーケッティング能力の問題なのです。

 日本陸上競技連盟は、自らのマーケッティグ能力をさらに磨いて一発選考の方向に切り替えれば良いのです。

 もう何年も前から批判されているにもかかわらず、現状を変更しようとせずに、アスリートに様々な負担をかけているというのが日本陸上競技連盟の現在の対応ではないですか?というのが私の意見です。

 率直な言葉で語る私なので、文部科学省も競技団体も「望月はケンカを売っているのか」と思いたくなる気持もわかりますが、ここは懐の広い対応で、「スポーツを本来あるべき姿にするためには、『慣性の法則』だけではなく、自ら変革していく姿勢が必要だと(望月は)言っている」と気持ちよく(無理かな?)受け止めてもらえればうれしいです。公正公平な選手選考を行おうという目標地点は共通だと信じていますので・・・(^0^)
posted by koichi | 14:38 | スポーツ | comments(0) | trackbacks(0) |
体罰根絶への道-文部科学省体罰実態調査が示すもの
季刊教育法185号(2015年6月25日発売)が刊行された。これには、私の「体罰根絶への道-文部科学省体罰実態調査が示すもの」とのタイトルで、文部科学省が2013年8月9日に公表した「2012年体罰の実態把握について(第2次報告)」を分析した報告が掲載されている146-157頁)。


 分析の結論は、

(1)体罰発生率が、国公私立の間でも、また、都道府県の間での差異がある。都道府県の間の差異は、児童生徒数比率で比較すると30倍にも及ぶこと。


(2)同一都道府県の中でも、小学校、中学校、高校の間で差異があること。小学校、中学校、高校のいずれかあるいは複数で体罰率が低い、あるいは高い、などの結果が見られること。←これらがどのような要因であるのかのさらなる研究が望まれる。


(3)中学校・高校の体罰数が多い要因一つには運動部活動の場面での体罰が多いこと。


をそれぞれ指摘出来た。

 今後の課題としていくつか上げたが、最後に指摘したのは、教員養成大学の課題である。

「体罰を行った教員は特定の大学に多いという声が聞かれるが、この点は基礎資料が十分でない。そこで、文部科学省は、体罰を行った教員の出身大学について追加調査を行い、その調査結果を教員養成大学へ提供し、教員養成大学自身が、体罰に頼らない指導ができる教員養成の在り方を検討することが必要である。」

 教員養成大学−とりわけ体育系教員養成大学自身による検討が必要なのではないだろうか。

 都道府県教育委員会、市町村教育委員会、各学校の管理者の方々は、この報告から自県、自市、自校に何が必要かも考えて欲しい。
posted by koichi | 13:12 | スポーツ | comments(0) | trackbacks(0) |
プールでの事故予防と紛争を深刻化させないための対策
 京都新聞は、2015年6月10日、京都市教育委員会が、全市立小学校166校のプールに録画用カメラを設置したことを報じた。

 京都市立小学校で2012年7月に1年の女児がプールで死亡した事故の第三者委員会が、事故が発生した場合に備えて、事実関係を明らかにするために、カメラの設置・録画を求めていたことを受けての対応。予算は1200万円。

 京都市の運用方法は次のとおりである。

(1) 通常の体育の授業では作動させず、事故時のような夏休みの水泳指導日に録画する。

(2) 夏休み中にある地域への開放日も協力を呼び掛けて録画する。

(3) 事故がなければ映像はその日のうちに消去する。

 交通事故における事故原因をめぐる紛争を回避する目的で自動車にドライブレコーダーを設置する例が増加しているが、基本的に同じ発想である。事故が生じた「後」に事実関係を確定するためには有効だろう。

 しかし、通常の体育の授業でも溺水の可能性はあるし、授業外で市や府の大会に出場するためにスタートの練習もする場合の事故の態様の解明は必要ないと考えているのか。

 京都市はどのような理由から(1)の運用に限定したのかは報道からは不明であり、結論としては賛同できない。さらに学校での事故はプールだけでは無い。校舎内、体育館、グランドなどはどのような検討がされたのであろうか?

 市議会では、「録画されることは、子どもや教員の負担になるのではないか」との指摘があったことも報道されている。

 撮影されていることについては、利用者やその保護者に事前に告知すること、(3)の運用に加えて消去するまでの録画データの管理方法(映像を見ることができる人を限定する、録画データの不正利用などの予防)が十分であれば、この点は問題ないであろう。

 事故が生じた後に紛争を深刻化させないことも重要である。しかし、この点は、優先順位から言えば3番目の課題であり、第1に事故の発生を予防する、第2に事故が発生しても死亡や後遺障害を残さないように対策するという点が考慮されなければならない。

 新聞報道だけでは、第1の点や第2の点にどのような措置が講じられたのか不明だが、これらの点が置き去りにされていないか心配してしまう。

 プール事故は、判例上では9割が溺れる事故か飛び込み事故である。

 文部科学省と国土交通省は2007年3月、「プールの安全標準指針」を公表した。そこでは、「監視員及び救護員」の項で次のとおり述べられている。

・ 遊泳目的で利用するプールにおいては、監視員及び救護員の配置は、施設の規模、曜日や時間帯によって変わる利用者数等に応じて適切に決定することが必要である。また、監視員の集中力を持続させるために休憩時間の確保についても考慮することが望ましい。

・ 監視設備(監視台)は、施設の規模、プール槽の形状等により必要に応じて、プール全体が容易に見渡せる位置に相当数を設けることが望ましい。

・ 飛び込み事故、溺水事故、排(環)水口における吸い込み事故、プールサイドでの転倒事故等、プール内での事故を防止するため、各施設の設置目的や利用実態等に応じて禁止事項を定め、利用者に対し周知を行うとともに、監視員等は違反者に対し適切な指導を行うことが必要である。


 小学校でよく見られる、長水路が25m、5〜6コース(幅12〜15m)、水深1.0〜1.2mのプールを夏休み中に一般開放して小学生が30〜50人程度が利用する場合を前提として、みなさんはプール管理者から次の質問があったらどのように答えますか?

(1) 「監視員及び救護員」は何人必要?

(2) 「監視員の集中力を持続させる」ために、連続する監視時間は?休憩時間は?監視員一人の一日の総監視時間は?

(3) このプールでは「監視台」は必要?必要とするならばどこに何台の監視台を設置する?監視台の高さは?

(4) このプールでは飛び込みを禁止すべき?全面的には飛び込みを許さないとしても、競泳のスタートの練習もしたいという希望に応えるために、部分的に許可するならば、どのような条件が必要?

 これらの質問に対して、エビデンス(根拠)を示して回答できる人がどれだけいるだろうか?

 「安全に注意しよう」では事故は予防できない。事故予防のための行為規範は具体的でなければ意味がない。

 溺れるだけではすぐに死亡はしない。溺れても早期に発見して、救命措置を講じることで死亡や重大な結果を回避できる。日本水泳連盟は、「ジャスト4ミニッツ」という。溺れてから4分以内に発見して救命措置を講じることで、溺れても多くは救命可能である。

 溺れる人を早期に発見するためには何が必要かについて、国が大学などの研究機関に委託して具体的なガイドラインを作成することが必要である。

 魚釣りをする人ならば経験上知っていることだが、水面では光の反射があるので、水面とできるだけ大きな角度(プールで言えば監視台などの高い場所から)で、反射を押さえる偏光グラスを使用しなければ水中の状態は見えにくい。

 このような点で、開放プールの監視に必要なグッズも検討が必要である。京都市では、監視カメラに偏光グラスを加えるという検討もされたのであろうか?

 1960年代前半までに設置されたプールの多くがA〜Cの構造である(文部省「水泳プール建設と管理の手引」59頁、第38図、1966年)。スタート台からの飛び込み事故を防止する点ではAないしCの構造の方が優れているのに、なぜ、文部省は、「手引き」でDの構造を推奨したのだろうか。現在ではほとんどのプールがDの構造となっている。

 
 答は、「経済性が優先されている」というのが理由。

 「手引き」の入手はほぼ不可能である。日本水泳連盟編「水泳コーチ教本(第3版),2014年」464頁に「手引き」が引用されているので、興味のある人はこちらに。

 今年も、プールシーズン。犠牲者がでないことを願っている。
posted by koichi | 14:07 | スポーツ | comments(0) | trackbacks(0) |
グチの三つ目です
 連休末の大掃除で不用意なカゼを引き込み、ようやく治りかかったのですが、全く身寄りのない方(私が後見人)が急に健康状態が悪くなり、元気だった状態から3か月で急逝されました。

 普段やりなれない葬儀(5月18日(月)死亡、21日(木)に葬儀とお別れ会を執行)せざるを得ず、ヘロヘロの状態でした。

 私の担当秘書のKさんには、葬儀とお別れ会の応援に来てもらって本当に感謝しています。

 私は、事件本人の生前のごく一部しか知りませんので、会葬者予定数がわかりません。入所施設の前例から10人程度の会葬者の予想で葬儀社と打ち合わせをしていたのです。

 ところが、実際の会葬者は31人。葬儀社も予定外で、スタッフの人数や諸準備が予定外で、現場は本当にパニック。

 私の担当秘書のKさんには、葬儀社の緊急アルバイト(葬儀社からのアルバイト料の支払は期待きでそうもありません。その代替分は、同僚と相談してどこかで埋め合わせをします(^0^))をしてもらいました。

 さらに、23日(土)には札幌でのシンポジウムの演者の予定。これはちょっとパス不能!

 さらにさらにですが、25日(月)の夕方の文部科学省での有識者会議での講演も担当していたのですが、体調不良のため、準備が直前までずれ込み、前日24日(日)の午後から自宅で準備を開始しました。

 資料は24日中に概ね完成したものの、添付資料のマスキング(電子データなら置き換えで済むのですが、なぜか紙ベースでしかないので、手作業のマスキングになりました)に手間取り、作業終了せず。

 やむなく、25日(月)は午前4時には起きて、準備を続行しました。午前8時前には自宅で作業を一応完成させました。

 それでも、マスキングの漏れがあるとマズイので、事務所に先にデータをメール送信し、私の担当秘書のKさんにチェックをしてもらいました。結果としては、やはり数か所、見落としがあったことが判明し、マスキングを追加し、ミスを避けられました。資料が完成したのが昼頃でした。

 文部科学省の担当職員が、参加者分の資料(Power Pointは12枚くらいですが、残りは添付資料、総ページ数47頁。)を印刷する必要があります。文部科学省からは「遅くとも20日(水)までには・・」と言われていた資料でした。

 有識者会議の参加者はマスコミを含めて40名程度。マスコミなどの傍聴者への配布はパスにして(普段は情報公開の点から、基本的に配布です。)、それでも20名分くらいは印刷するのですから、担当者には相当無理をかけました。

 この点で文部科学省の担当者にはお詫び申し上げます。

 マスコミ関係者のみなさんは、私がプレゼンテーションの中で引用している資料が手元にないので、わかりにくいプレゼンテーションだったと思いますが、このような事情でしたので御容赦ください。

 講演(プレゼンテーション)では、いつもどおり、私は、文部科学省へは厳しい意見を申し上げました。

 私が文部科学省に厳しい意見を言うことは、周知の事実で、このことは文部科学省も十分わかっているはずです。それでも、あえて、文部科学省の有識者会議委員に私を委嘱する「(文部科学省の)懐の広さ」には感心します。

 さすがに、講演(プレゼンテーション)後は、文部科学省の担当者は微妙な表情でしたが・・・・・(^0^)。有識者会議のメンバーからは、概ね好評の意見をいただけてホッとしています。

 午後6時頃には有識者会議が終了しましたが、私は、さすがに、疲れ果てていて、文部科学省からの帰りがけに(事務所と文部科学省とは近いので自転車での往復です)、コンビニエンスストア(ちょっとおいしいワインをそろえている店です)でワインを購入しました。

 事務所に戻ったところ、めずらしく、同僚の弁護士が結構残っていました。

 私以外の同僚はもちろん、仕事をしていました。でも、仕事をする気力0の私は、仕事をしていている同僚を顧みるなどという余裕はありません。

 一人でワインを飲みながら、仕事をしている同僚の迷惑を顧みず、仕事をしている同僚たちと1時間ほど事務所の運営に関する雑談をしました。

 でも、ワインをボトルの1/3も飲んだら、疲れもあり、雑談する気力さえなくなり、先に帰りました。

 帰途は、アルコールの影響もありますし(飲んだ量にかかわりなく自転車は運転しません。法律上の建前もそうですし、子どもが自転車を乗っていて重大事故に発展した損害賠償請求訴訟を見聞きしているものとしてはこんなリスクは負えません)、飲んでなくても疲れていて不安でしたので、自転車(この日の往路の通勤は自転車です)も事務所内の駐輪場に放棄して、タクシーで自宅に戻りました。

 午後9時過ぎにはベッドに入り、直ちに熟睡。

 連休直後から私同様に、体調を崩した90歳の伯父が危ないと言う情報は連休直後からあり、親戚の多くはすでに病院に見舞いに行ったという話も聞いていました。

 でも、私の健康状態では、カゼを移しにいくようなことになりかねないと思って、見舞いを控えていたのですが、熟睡中の25日(月)午後10時半頃訃報があり、その後、私自身がすべき対応もありました。
 
 私がしなければならない対応は24時頃には終わったのですが、こういう普段やり慣れてないことがあると緊張するのですよね。やるべきことが終わっても寝付けず、就寝は翌日26日(火)の午前3時。

 26日(火)は、朝からの浅草橋での仕事を正午頃には終えて、午後4時頃から伯父の自宅に弔問に行きました。

 私と同じように伯父への弔問を予定していた従兄弟に無理を言い、私の自宅を経由してもらい(当然遠回りです)、従兄弟の自動車に便乗させてもらい、移動は楽をさせてもらいました。あちらこちらに御迷惑をかけています(_ _)。

 弔問では、挨拶だけして、1時間弱で帰る予定でいて、葬儀の作業を手伝う予定はありませんでした。ですから、鞄にPCを入れたままだと重いので、PCをあえて自宅に置いて行きました。これが裏目に。

 故人の子どもたち(私の従兄弟にあたります)は、近い親族の葬儀の経験がありませんので(これはやむをえないこと)、親族(私の親族は人数が多いのです)には直接参加可能な人に一人一人電話連絡をして参加状況を確認する作業を予定していました。

 しかし、携帯電話番号が分からない従兄弟が多く、従兄弟の携帯電話番号を私に尋ねたのです。

 そんなやりかたでは、明日中に全員と連絡をとり、出欠を確定することは到底困難なので、「家」単位で「長」に連絡をし、その「家」の全員分の回答をとりまとめて、連絡してもらう方向に方法を変更することを助言して、作業自体も手伝ってきました。

 私が、自分のPCを持参せず、伯父の家にあったPC(WINXP/エクセル2002)での作業となりましたので、ショートカットは登録されていない、マクロもない、ATOKでないので文字の変換効率も悪く、時間がかかり(自分のPCを持って行けば半分以下の時間で作業が終わったはずです)帰宅が遅くなってしまいました。日付が変わる少し前に帰宅しました。

 支障が生じる依頼者にはすでにE-mailで、事情を伝えキャンセルの連絡済み。

 夕方まで接客の予定のない明日(という今日ですが・・・。27日)は、昼頃まで自宅でへばっているかもしれません。電話にでる自信もありません。事情を知らない事務所スタッフが私自身の生存を心配するようでは申し訳ありませんので、上記事情は事務所関係者には別途連絡しております。

 こんなことしていないで、早く寝て、明日(今日ですが)通常通り仕事した方が良いとは、私も思っているのですが、やり慣れないことをした緊張が続いていて、すぐには寝付けそうもない状態で、かといって仕事をする気力もありませんので、こんな結果になっています。

 年相応の方を看取るのはしょうが無いことですが、こう集中するとかないません。

  正直、明日は、事務所に行く前に、近くの鉄砲洲稲荷か波除神社で御祓いでも受けようかなとも思っています(^0^)。
posted by koichi | 04:44 | 日々雑感 | comments(0) | trackbacks(0) |
お別れ会の続報
  私が後見人を務めていた、親族がいらっしゃらない被後見人のお別れ会を21日(木)に主催しました。
 
 正確に言うと、後見業務は御本人の死亡と同時に終了しますので、

・ 委任者の急迫事務処理(民法654条:「委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない」。)

・ 事務管理(民法第697条:急な雨が降った時に隣家の洗濯物を取り込むために隣家に入るようなイメージです)

ということで葬儀は元後見人の私が行うことになります。

 その後は、相続財産管理人の選任の申立をして、引き継ぎをします。

 私は後見人就任のしばらく前からの御本人の情報しか知らないので、御本人のお別れ会のご案内を誰に知らせたら良いのかについても正確な情報が分かりません。

 かつての職場の同僚の方のまとめ役の方と地域のまとめ役の方には連絡したのですが、どの程度の方が参会していただけるか、全く想像つきません。

 葬儀社と打ち合わせでは、施設の職員や関係者で参会者は10名程度かなと想定して準備をしたのですが、なんと31名も参加していただけました。

 これはうれしい誤算ですが、現場はドタバタ!

 翌日の22日(金)は疲労困憊で、午前中は事務所にいかず、ルームウエアのまま、自宅で仕事をしていました。

 午前中に、日本転倒予防学会会長の武藤先生と、別件で電話で話をしたのですが、武藤先生からは「声が死んでる」と言われました。ここ数日の事情を説明し、普段やりなれていないことをやったので疲労困憊という事情を説明しました。武藤先生からは、「週末の土曜日、日曜日はしっかり休養をとるように」との厳命。

 しかし、私は「23日(土)は札幌出張です」と予定を言ったところ、武藤先生は「それはキャンセルするように」とのお言葉。

 でも、私は、鈴木みずえ先生に頼まれて、23日(土)は札幌の「認知症ケア学会」で転倒予防のシンポジウムでシンポジストの一人として行く予定だという趣旨を説明しました。

 これを聞いた武藤先生は、「それはしかたないけれども、日曜日は休むように」とのお言葉。

 後々考えると、「武藤先生は『私の健康よりも転倒予防が大事か!』と思ったのです」という話を昨日のシンポジウムの冒頭で話をして、参加者の気持ちをつかみました。でもよくよく考えると、この話を聞いた人が、「これは冗談だ」と分かってくれているかなと心配をしての投稿です。

 くれぐれも、望月が「『武藤Drは、望月の健康よりも転倒予防が大事だ』と言っていた」などと不用意な発言をされないように御願いします。

 今日はおとなしくしている予定です。月曜日からは、元気に仕事をするよていですので、御心配無用に・・・(^0^)
posted by koichi | 08:28 | 日々雑感 | comments(0) | trackbacks(0) |
悲しいこと
  悲しいことがあってちょっと落ち込んでいます。グチですが、聴いて下さい。

 連休最終日に不用意に引き込んだ風邪がなかなか治らず(これまでは3日以内には快癒していたのですが、アラカンだからでしょうか、10日も体調不調が続きました)、先日の日曜日(17日)は基本的におとなしくしていて、ようやく元気になった昨日(18日)でした。

 18日(月)午前中は取り扱いが微妙な事件で、代理人間で進行協議。裏技というか、体操で言えばE難度のような技での解決を模索し、ホッとしたのもつかの間。

 正午からは行政事件(労働)の尋問打合せ、14時〜16時で尋問を行いました。これ自体は無事に終了。

 別件で、身寄りのない方(法定相続人だけでなく法律上の親族もいない方)の成年後見人をしていました。

 グループホームに入所されていた方なのですが、ホームのスタッフが熱心に頑張ってくれて、2月までは外出も可能な状態で、公園への散歩、カラオケや食事を楽しんでいたのですが、3月から急に体調を崩し、4月に入院。

 1週間前には、病院の担当ナースから「何時何が起こってもいいように覚悟しておいてください」と言われました。
 
 緊急時の連絡先は私なので、寝るときもベッドサイドに携帯電話を置いておきました。

 担当ナースからは、5月16日(土)には、「頑張っても数日です」と連絡がありました。

 17日(日)は、私自身で対応するつもりでしたが、18日(月)は上記のような予定で、16時に霞ヶ関を出ても17時半に病院に到着するのが精一杯。

 入所しているグループホームの施設長と連絡をとりあって、
(1) 17日(日)の急変には私が対応するが、
(2) 18日(月)の急変だと、私は裁判所で証拠調べがあり、これはパス出来ないので、私が病院に到着するまでは施設長に対応を御願いしたい、
という事案です。

 生前に打合せをするのは気持が良いものではありませんが、急変後の対応も施設長と協議しておき、何時何が起こってもドタバタしないように準備はしておきました。

 18日(月)の正午前に、病院からは「今日がヤマ」という連絡。本当にタイミングが悪いのです。

 私自身は、身動きがとれないので、施設長に御願いをしました。幸い、亡くなる前の1時間ほど前から、施設長と担当職員に看取ってもらうことができました。
 
 尋問中は携帯電話には出られません。尋問終了後、携帯電話の電源を入れると「すでに亡くなった」というE-mailが・・・・。

 亡くなった時刻は、証人⇒原告という順序の尋問でしたが、私の証人への主尋問がちょうど終了した頃でした。

 尋問終了後すぐに病院に。霞ヶ関から電車⇒タクシーでも1時間半はかかる場所なのですよねーーー(>o<)。

 私が病院に到着した時には、すでに、入所施設の施設長のみならず、施設のスタッフが7人も駆け付けてくれていて驚きました。

 こんなに大勢のスタッフが施設を留守にすると施設は大丈夫かと余計な心配をしてしまいました。

 みんな本当に故人を惜しんでくれている気持がうれしかったです。

 私が病院に到着したのは、葬儀社のスタッフが到着する30分前。滑り込みセーフ。←確認はしていませんが、施設長が私の到着時刻を予想して、葬儀社と調整してくれていたような気がします。

 成年後見人の権限は御本人の死亡と同時に終了しますが、そこから先何もしないわけにはいきません。

 ここからしばらくは法律上は、

・ 事務管理(民法第697条:急な雨が降った時に隣家の洗濯物を取り込むために隣家に入るようなイメージです)か、

・ 委任者の急迫事務処理(民法654条:「委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない」。)

として葬儀までは済ませて、相続財産管理人の選任の申立をすることになります。

 私の親族の葬儀の時も、振り返ると、私自身がやっていることはそんなに多くないのですが、終わるとドッと疲れがでました。

 昨日は緊張していたせいか、なかなか寝付けませんでした。就寝は午前2時頃でしょうか?

 今朝は8時前には一応起きたのですが、まだ、私の後見人の延長の仕事は終わっていないのですが、すでに疲労困憊という状況。

 事務所に行く気力はなく、ルームウエアーのままで、妻が買い置いてくれた「粥」を食べてから自宅で仕事をしています。

 裁判所への出頭や依頼者との面談の予定がないので、事務所に行かなくてもなんとかなるのですが、仕事がなくなるわけではありません。

 通常業務に加えて、斎場や、施設長、葬儀社からの連絡が携帯電話に頻繁に入ります。

 私も事務所との間で、頻繁に
・ 電話連絡
・ E-mail
・ ファクシミリ。

 葬儀予定日の一つは、事務所の他の弁護士との共同事件の和解期日と競合。相代理人に電話で、事情を説明して、「場合によっては、裁判所に事情を説明して、事実上延期してもらえ」という無理な注文。

 私の担当秘書や事務所のスタッフには迷惑をかけています・・・・。

 死亡届には届出人(私)の本籍地を記入しないといけないのですが、しばし、本籍地などを記載したことがなかったので、自分の本籍地についての記憶に自信がありません。

 最近は免許証にも本籍は記載がありません。手元の資料では正確な本籍が分からず、間違ったら困りますので、私の秘書に連絡して、事務所に保管してある戸籍謄本を確認してもらうという余計な仕事まで御願いしています。←結果としては記憶は間違っていませんでしたが、最近の記憶力には自信がもてません(>o<)。

 亡くなった御本人は、元々の私の自宅の近所の方で、私の妻と交流があり、また、私の仕事を知っていたという事情から、困った時に私の家を頼った事案です。

 正確には記憶していませんが、10年ほど前に、
「自宅の鍵がなくなった」、「財布がなくなって3日も食事をしていない」
などの訴えを私の自宅にしてきたのです。その後に判明した結果は、鍵も財布もバックの中のどこにしまったかを失念していただけでしたが・・・。

 その時には、私の自宅には私の娘(当時は高校生)しかいなかったので、娘が私の事務所に事情を電話連絡してきました。

 幸い、私は事務所に居たので、その場で、娘に、
(1) 私の自宅に御本人を招き入れる、
(2) その場で御本人に待機してもらい、私の自宅からしばらく移動しないように御本人を説得する、
(3) 娘の所持金の範囲で購入可能な食事を調達する、
(4) 娘の目の前で御本人が食事を摂取するのを確認する、
(5) 本人の了解をもらってバックの中を調べて自宅の鍵を見つける、
という指示をし、同時に、社会福祉協議会に連絡したのが最初でした。

 幸い自宅の鍵も財布もバックの中から見つかったので、娘に自宅まで送らせました。

 ちなみに、この娘は現在は介護職です。このエピソードが影響があったかは分かりませんが、(親からの贔屓目を引いても)仕事に誇りを持って取り組んでいます。

 社会福祉協議会も、近所の方々からの連絡で、それまでもフォローしていた事案だったので、迅速に対応してくれました。

 その後は、社会福祉協議会と相談を重ねて、当初は介護を厚くして、自宅での見守りを試みました。

 「財布がない」とか「自宅の鍵がない」などというトラブルはその後もあり、御本人が困って私の自宅に駆け込むことも何度かあり、私の妻が当面の生活費を工面したりしたこともありました。

 社会福祉協議会との打合せでは可能な限り自宅での生活を優先したのですが、
(1) 鍋の空だき、
(2) 12時間の行方不明⇒でかけたけど帰り道が分からなくなり、警察に保護された、
などのエピソードがあり、さすがに、自宅での生活では危険と判断しました。

 区長申立で後見開始し、グループホームに入所した事案です。以上のような経過で私が成年後見人をしていました。

 法定相続人はいませんので遺産は国庫に帰属です。

 多少の贅沢をしても、生活に困窮するような事情はありませんでしたので、私からグループホームへは、
(1) おいしいものを食べ歩くのが趣味だった方なので、できるだけ、外出しておいしいものを食べる機会をつくってほしい、
(2) 税務署のOGの方なので、税務署のOB・OGの方からの同窓会の案内があれば、体調が許す限り参加させてほしいと御願いをしました。

 本当に、このグループホームのスタッフは優秀で、快く実行していただきました。

 税務署のOB・OGの同窓会では、御本人の後輩の方々から、「先輩、先輩」と言われ、昔話をしてくれたということで、御本人はとてもうれしがっていたという話を聞いております。

 本当はこんなブログを書いている時間があるなら仕事をしなければいけないのです。

 しかし、悲しい気持で、仕事の意欲がわかず、グチったしだいです。

 人は永久に生きられるものではないとは理屈では分かっています。でも、なかなか心の整理がつきません。
posted by koichi | 15:10 | 日々雑感 | comments(0) | trackbacks(0) |
着陸の決断
 昨夜、屋久島空港⇒鹿児島空港⇒羽田空港というルートで21時過ぎに東京に戻りました。

 広島空港ではアシアナ航空機が着陸失敗で負傷者が出ていること(発生時刻は、私の鹿児島空港離陸直前の時間帯です)は、22時過ぎに自宅に戻ってから初めて知りました。

 私は、叔父(79歳)と知人の高齢者(86歳)の「(生きている内に)一度は屋久島を訪れたい」というリクエストに応えるべく、引率者として(もっとも私も屋久島初体験。こころもとない引率者です)屋久島に行き、昨夜戻って来たところです。切っ掛けは、昨年の春に、知人の医師が、「屋久島はイイ!」と叫んだのが、その場に居た叔父や知人そして私の心を動かしたのです・・・(^0^)。

 4月12日から2泊3日の旅行でした。私一人の添乗員では、心細いので、介護職をしている長女に休暇を取得させ、介護要員をもう一人確保した上で4人での参加です。

 初日の12日は、鹿児島までの往路は全く問題なし。

 鹿児島から屋久島へはJAC(日本エアコミューター)便です。鹿児島⇒屋久島便の前便は、天候不良で着陸できずに鹿児島空港に戻っており(運行情報を確認していたのですが、出発直前に引き返しの情報をインターネット上で知りました)、私たちが乗る鹿児島⇒屋久島便も大丈夫かなと思いながら搭乗しました。

 予想どおり、最初の着陸では、滑走路を視認できず、再上昇。1時間ほど屋久島北側上空を旋回し、天候の回復を見ながらなお2度の着陸を試みたのですが、結果としては視界不良で着陸できませんでした。

 出発空港の鹿児島空港に引き返しました。航空機に搭乗する機会はそんなにありませんので、天候不良による搭乗した後の航空便のトラブルは、10年以上前に、視界不良で広島空港に着陸できず岡山空港に着陸(ダイバート)して、「さあどうする!」とドタバタしたことがありますが、それ以来でした。去年は、雪で羽田⇒高松空港便が欠航して、私が話をする県の講演会がドタキャンになったこともありますが・・・。

 空港の施設と航空機の装備上、「屋久島空港ではしょうがないかな」と思っていましたが、パイロットの方々は、燃料の許す限り粘ってくれて、鹿児島空港に着陸したのは離陸後2時間後でした。パイロットの方々の熱意に感謝です。←本来のフライト時間は35分ほど。

 それでも安全が優先されたのは当然の判断です。

 広島空港の現在の計器着陸装置(Instrument Landing System,ILS)は、CAT IIIbという日本の最上位の設備があり、調べた範囲では、滑走路視認距離が50m(ホントにこんなに短い視認距離で怖くないのかな・・・)あれば着陸可能な高性能な空港ですが、広島空港天候不良とは言え、アシアナ航空機に何があったのでしょうか?

 事故の問題にかかわっている一人としては、事故の再発防止のために、当該パイロットの対応も検証の対象でしょうが、そこにだけ目を向けることなく、機器の問題やパイロットに「無理」を強いる要因がなかったのかを慎重に検証して欲しいと思います。

 多数の負傷者が出ているとの報道ですが、死者が出なかったことにホッとしていると同時に、負傷された方々が早期に快復されること、事故の再発防止が図られることを願っています。
posted by koichi | 01:10 | 日々雑感 | comments(0) | trackbacks(0) |
地下鉄サリン事件から20年
 地下鉄サリン事件から20年。様々な特集報道がありました。

 時が経つのが早いのと、なぜ止められなかったのかという気持で報道を見ていました。

 私が「オウム」という固有名詞を知ったのは、坂本弁護士一家が殺された2日後のこと。坂本弁護士が所属した横浜法律事務所で、ある労働事件の弁護団会議をしていました。この事件自体には坂本弁護士は参加していなかったのですが、会議をしていても事務所全体がザワザワしていました。この弁護団には、同期で横浜法律事務所の小島周弁護士が参加していましたので、「何かあったの?」と尋ねると、「まだ未公表なんだが、坂本がオウムにさらわれた」というのです。

 私は、当時は、「オウム」という集団を知らなかったので、鳥の「オウム」と思い、「周さん。人をさらえるようなオウムなんているわけないでしょう」と、かみ合わない受け答えをしたことを覚えています。

 その後、周さんは私に、坂本弁護士一家をさらったのはカルト団体の「オウム」であること、現場にはオウムのバッチが残されていたこと、同期の弁護士の青山弁護士が「オウム」の顧問をしていること、を説明してくれました。

 私は、まだ事態の深刻さを理解できていなかったので、青山弁護士とは親しかったので、周さんに「青山さんに今から電話しようか?」と提案しました。しかし、周さんは私に、「そんなレベルの問題ではない」と答えたのです。

 その後は、次第に、状況が分かってきて、極めて深刻な状況だということが理解できました。

 強制捜査後の裁判では、青山弁護士の弁護団は、オウムとは一線を画した、司法研修所の同期同クラスの弁護士が中心に頑張りました。しかし、最終的に裁判係属中には青山さんをこちらの世界に引き戻すことには成功をしなかったとのことです。

 地下鉄サリン事件から数年経過したときに、国松長官狙撃事件の捜査にあたった捜査幹部と話をする機会がありました。オウム信者であった人々を目覚めさせるには、東京拘置所は無力だという話をされていたのが強く印象に残っています。

 オウム信者を隔離された場所に置くと、それ自体が「修行」となってしまう!

 捜査幹部の個人的見解でしたが、東京拘置所に隔離するより、社会に出して、テレビや新聞の情報を十分に提供し、現実に生活するための苦労をさせる方がよほど更生にプラスではないかというのです。

 「なるほど!」と思った記憶があります。

 坂本弁護士がさらわれた時点で、遅くとも松本サリン事件の時点で、警察・検察の的確な対応がなされていれば、地下鉄サリン事件は防げたのに。

 また、優秀な若者をオウムに「入信」という形で奪い取られたことをどうして防げなかったのか改めて考えさせられました。

 そういえば、司法研修所の卒業試験(二回試験)の前後で、青山さんが私に、一冊の冊子を示して、最近ヨガをやっていること、空中浮揚の写真を示して(今から思うと麻原の写真かと思います)、自分もできるかもしれないという話をしたことを覚えています。

 私は、「ヨガは良いと思うよ、でも空中浮揚はなーー」と軽く受け答えしたことを覚えています。

 まさか青山さんが空中浮揚ができると真剣に話をしているとは思わなかったので、空中浮揚の話は冗談だろうと思って、聞き流してしまったのです。あの時に、こんな話をする青山さんがおかれた危険性に対する感性があれば、違った展開になったのではと思ってしまいます。

 オウムの件は過去では無くこれからも起こりうると思って感性を磨いておかないと思いながら報道特集を見た昨日でした。
posted by koichi | 04:23 | 日々雑感 | comments(0) | trackbacks(0) |